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可能性を解き放つ Withコロナ時代の地方論—目指す姿、必要な人材

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数ヶ月先の未来ですら見通すことが難しい時代に、群馬(地方)が今まさに取り組むべきことは何なのか?安宅和人氏、太田直樹氏、田中仁氏の3名をゲストに迎え、まちづくり・ひとづくりのふたつの視点から提言をいただきました。

Withコロナの未来を迎える中で需要が高まる「開疎」かつ求心力を持った地域、そして時代を牽引する「異人」を育む人材育成。90分間ノンストップで語られた最先端の議論をレポートします。

群馬県知事 山本 一太(以下、山本):今日は、私がモデレーターを務める2回目のセッションをお送りします。1回目では落合陽一さんと夏野剛さんをお迎えして「Withコロナ時代の地方のあり方」について激論を交わしましたが、今回はヤフーのCSO(最高戦略責任者)である安宅和人さん、NewStories代表の太田直樹さん、ジンズホールディングスCEOの田中仁さんの3名にパネリストとしてお越しいただきました。まずはライフサイエンスにも携わっている安宅さんから、このWithコロナ時代の地域のあり方についてスピーチしていただきたいと思います。

都市空間の開疎化と、地方の可能性

安宅 和人氏(以下、安宅):2019年末ごろまで世界の注目はオリンピックと環境問題だったわけですが、2020年3月からコロナウイルスの感染拡大があり、わけのわからない未来になってしまいました。僕が「アフターコロナはしばらく来ない、これからはWithコロナだ」と言ったのが、現実になっています。

まず今回のワクチンは、効くとは思います。少なくとも、ワクチンのおかげで高齢者および医療関係者の無意味な死亡はほぼ消え去る。今までの数十分の一まで少なくなると思います。ですから、一旦沈静化することはほぼ確実だと推定します。残す課題は供給だけですね。ただ今回は落ち着きますが、ウイルスはまたやってくると思います。

僕は、COVID-19出現の一番の背景は、人間が野生動物と接しすぎていることだと思っています。COVID-19はコウモリから来ましたし、AIDSも猿からやってきました。AIDSは、サハラ砂漠より南の地域ではずっと死因1位の状態が続いていて、50から60%の人はAIDSで亡くなっている。「先進国で沈静化しているから、終わった」というわけではないんです。この3、40年を振り返っても、エボラ熱やデング熱、西ナイル熱、SARS、MERS、そしてCOVID-19と、明らかに伝染病が激増していますし、これは止まらないと思います。しかも野生動物が持っているウイルスの量は、全く分からない。

安宅:また、人間の熱活動によって海に熱がものすごい勢いで溜まっていて、異常気象がどんどん起きています。この問題は深刻化する一方で、戻ることがありません。環境省の予想によると2100年には風速90mの台風が来ることになっています。この台風がくれば、街は全部作り直しになります。いかに群馬が災害の少ない地域といえども、多少は来ると思っていた方がいいです。そして気温についても、向こう20年で気温が2℃上がることになっています。なかなかイメージがわかないかもしれませんが、台風が来たとき、日本では最大でも雨量2000ミリ程度のところ、海温が2℃高い台湾では3000ミリ降ります。10年ほど前に台湾で起こった大きな台風では、550人くらいの村が一晩にして消え去りました。つまり、2℃の気温差というのはとんでもないインパクトを持つ可能性があるんです。これは日本でも十分起こり得る話です。

そして、このまま国連の言うとおり4.8度ほど気温が上がると、1万2000年前の氷河期が終わった時からずーっと凍っていた永久凍土が溶けることがわかった。そうすると1万2000年分のウイルスや細菌が全部吹き出てくる可能性が十分あるので、これが原因のパンデミックが来ることも考えられる。もはや「人にとっての善」と「地球にとっての善」が分れている時代は終わってしまった、と思うべきです。

安宅:「戦争がないこと」が平和の定義だった時代は、実はいい時代だったんですよ。これからの平和は「戦争がないうえに、伝染病も天災もない状態」で、どうやってこれを実現するかが問われています。そういう意味では、歴史的に災害の少ない群馬県で真の未来空間が生み出せるのであれば、これは人類にとっての一つの大きな希望になると思います。デジタル化は大事ですけど、正直それ以上に「持続可能かどうか」が重要です。デジタル化というのは単なる手段なので。

これから何をやっていけばよいかといえば、まずCOVID-19は当然鎮圧するにしても、そこで社会やお金が動き続けるようにしなきゃいけない。再構築が必要なんです。今は何が本質なのかを考えてルールを変えていくことが重要。たとえば現状、密閉性の高い空間よりも開放性が高い方がいいし、高密度よりも疎の方がいい。いまのコロナがワクチンで落ち着いても、今後また感染症が広がる可能性を考えると開疎(カイソ)化を図らざるを得ないと思います。

安宅:東京は正直、逃げ場がありません。やっぱりある程度は緑を持った地方都市のほうが、都市としては上質な可能性が高い。でも世界中で、開疎な地域はだいたい廃村する予定になっています。人口が減ってるからではなくて、都市に人が逃げているからです。でも、都市しかない未来、例えば前橋とか高崎しかない未来って、絶望的じゃないですか。群馬の誇る美しい空間をどのように残すのかは結構重大だと思います。そこで太田さんや仁さんにも入っていただいて、一緒に新しい未来を作れないかといろいろ仕掛けているところです。

山本:ありがとうございます。先日、私の「直滑降ストリーム」という番組で、小泉進次郎環境大臣からも同じような言葉が出ていました。気象変動も、新型コロナウイルスも根っこは同じだと。一旦はアメリカのワクチンで抑えられたとしても、Withコロナの時代は続く。すなわち地方の価値の再定義が必要だと。それまで地方の弱みだったところが、実は強みになる。群馬県はそういう意味でチャンスがありそうだと考えられそうですが、これを踏まえて太田さんの考えをお聞きできればと思います。

文化を軸とした求心力づくり

太田 直樹氏(以下、太田):持続可能な地域を作るときに大事な要素は4つあります。一つ目は「ビジョン」で、その道を照らして人を導く旗印です。二つ目は、「みんながチャレンジすること」。群馬県では始動人と呼んでいますね。三つ目は「未来に繋がる教育」。四つ目は「共に課題を解決していくコミュニティ」です。

まちづくりっていろんな要素があって、決まった答えがありません。このグルグルしているものはシステム図と呼ばれるものですが、地域の課題はこのようにいろんなステークホルダーが密接に関係しているんですよね。このように複雑なものは、システム図を書くことによって重要なポイントが見えてきたりします。

地域作りを10年以上やっている筧裕介さんが書かれた『持続可能な地域のつくり方』という本があるのですが、そこではチャレンジすることのイメージを「小さな風が吹き続ける地域」と素敵に表現しています。では風はどうやって起こるのかを考えたときに、2つのポイントが浮かび上がってくると書かれています。

ひとつは、「地域の人」と「外の人」の化学反応の熱が対流を生んで風を起こすと。やっぱり外部人材が大事だということですね。もうひとつは、そういった場を作ること。まさに湯けむりフォーラムもそうですが、熱源を作っていくことが大事なんだそうです。この熱源を作ると風が起きます。

外部人材について、今注目されているキーワードは「関係人口」です。国の調査で、「観光でも親戚がいるわけでもないのに、特定の地域にしょっちゅう行く人」がたくさんいることが分かったんです。これ、もっとも定義を広くすると1000万人いるんですよ、日本三大都市4700万人のうち。地域で未来を作っていくときに大事なのは、その中でも「積極型」と呼ばれる、例えば地域で新しい産業を作ったり、町おこしプロジェクトの企画運営などをしたりする人材です。

では、そんな積極型の人材を惹きつけるのはどんなポイントなのか。私がお手伝いしている兵庫県豊岡市では、かなり早い段階で「大交流課」という部署を作って関係人口に関する実践をしていますが、そこでは「文化が求心力になる」と言われています。ここは「演劇のまち」ということで国際的に有名なんですが、アーティストが滞在しながら稽古できるアーティスト・イン・レジデンスの日本最大規模の場所(城崎国際アートセンター)がありまして、それがすごく人気で世界中から劇団が手を挙げてくるんですよ。さらに全ての公立小中学校で演劇を教えるし、国際的な演劇祭も始まりました。

去年は実際に劇作家の平田オリザさんが劇団員の数十名とともに豊岡市に移住されましたし、「豊岡で何か面白いことがあるんじゃないか」と、まさに文化が求心力になって、関係する人がどんどん増えてるんです。私もトヨタ財団と一緒に「豊岡スマートコミュニティ推進機構」というのを作ったのですが、実は文化やアートってデジタルと相性がすごく良いんです。単に自動運転や遠隔医療をやるのではなくて、深さをもった演劇のまちにおいて、デジタルがモビリティや防災、介護にどのように使えるのかを模索するチャレンジを、外部人材とともに行っています。

このように外部人材(関係人口)が未来を構想しながらチャレンジすることは、持続可能な地域を作るために非常に大事な要素だと思います。求心力になるものは様々ですが、私はデジタルとも相性が良い「文化」に可能性があると思っています。こういった面から考えたときに、群馬に何ができるのか、ぜひお話ししてみたいなと思いました。

山本:ありがとうございました。豊岡市の試みは、私もすごく注目しています。平田オリザさんのインタビューを見て、演劇も昔は「地方でやってから、東京で上演するのが良い」とされていたんですが、今は逆で、むしろ東京から地方に行くと。そして、地方を核にして物事を起こすんだとおっしゃっていました。

また文化という点では、自然も豊かなんだけどデジタルもあること、最先端であることに深みをつけていくために文化芸術を溶け込ませていくことが地域の魅力作りにつながると。文化をいかに発信できるかが大事だという観点ですね。 

太田:そうですね。実は豊岡の中貝市長は「風の谷」と同じ観点を持っていて。まず疎空間の課題、つまり人がいないことで起きる教育や防災、医療の問題には、テクノロジーを活用すればいいと。しかしそれだけだと求心力がないので、文化や土地の重層的な記憶を大事にするということでした。

山本:なるほど、ありがとうございます。初めて聞いた方もいらっしゃると思いますので、「風の谷」構想について簡単にご説明いただけますでしょうか。

風の谷プロジェクトについて

安宅:風の谷構想というのは、都市集中型の未来しか選択肢がないのは嫌だから、人間にとって豊かに過ごせる空間をテクノロジーを使って作れないか、という取り組みですね。ただ、これには大きな問題が2つあってですね。ひとつは、疎空間のインフラコストの重さです。疎空間であろうと1kmの道路を引くには億単位のお金が必要ですよね。そういったインフラには教育やヘルスケア、医療も含まれるので、課題は非常に多い。そして、もうひとつは求心力ですね。これからは「新しいことを生み出そうとしている人」が都市に流出するんじゃなくて、むしろ地方に引き寄せられて、新しい価値が生み出されるようにしなければならない。それによって土地が魅力的になり、また人がやってくる……というサイクルを生み出すことが極めて重要です。

安宅:そして実は、求心力のもう一つのポイントになっているのが「美しさ」です。都市では体験もできないような魅力がないと、都市には勝てない。例えば、群馬のみなかみにはとても美しい森がありますけど、擁壁があったり廃墟があったりして、景観が壊れている場所がある。地域の美しさが文化とうまく混ざり合ってないと、真の美しい空間にはならないんです。単なる森では求心力があるとは言えない。今は、そんな地域をどうやって作るかが問われているんじゃないかと思っています。

山本:ありがとうございます。さきほど太田さんからご紹介いただいた豊岡市の文化・芸術・アートに関する取り組みは、仁さんが前橋のまちづくりにおいて常に重視していることではないかと思います。ここまでのお話を聞いて、仁さんの経験を踏まえて、このWithコロナ時代の都市デザインをどうお考えになっているのか、お話いただければと思います。

地域の顔をつくる

田中 仁(以下、田中):風の谷構想は前橋市が民間で進めているものと全く同期しているんですが、唯一異なる点として、前橋は「まちなかに顔を作ろう」という方針でやっているんです。顔を作るってことは「疎」ではなくて、それなりに人がいる場所を作ろうとしています。やはり中心の「顔」がないと街に対するイメージが湧かず、人が集まらないからです。ただその時、これまでの人類は木を切ってコンクリートにしてきましたが、前橋は逆で、コンクリートを剥がして緑にしていこうとなったんです。

デジタル社会が進むほど人々のストレスは溜まりやすくなりますし、緑があることは人間らしく生きるために良い影響を及ぼすことが明らかになっていますから、「森の中のまち」を作れば圧倒的な差別化が図れるのではないかと思っています。前橋市は新幹線が止まらないことでネガティブなイメージがついているんですけど、デジタルとスローを両立するまちづくりを実現しようとした時に、むしろそれはメリットにもなるんです。先ほどお二人からあったお話は、まさに前橋が実践してきたことに近いですね。

山本:なるほど。私は草津温泉の出身ですが、草津は「泉質の良さ」を求め続けていて、実際にそれがウケています。草津温泉には今でも新幹線が通っていなくて、長野原草津口駅か軽井沢から約40分かけて訪れるしかない。しかしその道中で吾妻渓谷をはじめとする美しい景色を見れたり、温泉街に入ってみたら、昔の温泉地らしい文化も残っている。インフラは大事ですが、それ以上に「いいものがあれば、みんなが集まる」ということですよね。

田中:そうですね。草津には「湯畑」という顔、伊香保には「石段」という顔がある。やっぱり顔があると強いんですよ。その名前が出た時にパッとイメージが湧くかどうかは、非常に重要なマーケティング要素だと思うんですよね。

山本:これから地方創生を考えていく上で、人材を地域に惹きつけることがとても重要になると考えています。これは教育にも関係しますが、「人が来て、物が来て、情報が来るところに新しいものが起こる」と考えたときに、地域の求心力になるものは一体何なのでしょうか。魅力的な人たちを集めるために、地方は何をやっていくべきなのでしょう。

安宅:「完全な疎で、求心力のある空間」というのは、実はこれまでに一度も生まれたことがないんじゃないかと思っています。土地の記憶に根差した本物の美しさがないと、求心力にはならないですし。地域に何が必要かといえば、「文化や新しい人が入ってきて化学反応が起こること」そして「発酵熟成」ですね。時とともに姿を変えることが、価値が増やしていくんだと思います。

求心力の根っこは、景観、教育、環境、人です。吸い寄せられる求心力がどこから生まれるのかに確実な答えはありません。これから考えたいことは、「圧倒的な美しい空間があるのはどこで、そこを誰のために残すのか、土地の記憶や価値の源泉はどこにあるのか」です。その土地の300年前、500年前のことを考えるのが、実は根本なんじゃないかなと。そうなると、1万4000も古墳を持っている群馬県は、少なくとも2000年前には魅力的だったわけです。古墳へのリスペクトが求心力をどれほど高めるのかはわかりませんが、そもそも今の群馬県は古墳に対するリスペクトができているのかどうか。

文化的に作り込まれてきたものは、隣り合わせてストーリー化することが重要です。「古いものが残ること」ではなく、「古いものをベースに発展していくこと」が大事なんです。だから群馬が県として価値観をアップデートすることができれば、求心力が上がるんじゃないでしょうか。

文化を生むために必要なのは、五感への刺激

山本:太田さんも様々なプロジェクトを手掛けてこられましたが、安宅さんがおっしゃった文化についてはいかがでしょうか。

太田:私のやっているまちづくりは風の谷構想より短い時間軸なんですが、「開疎な空間で一からまちづくりをやり直す」という観点が共通しています。そしてそれは東京では実現しづらいので、地方にチャンスがあるわけですね。ただ疎空間にはインフラの問題があるので、そこに技術を打ち込まないといけない。また、経済だけでは生きていけないので、やはり求心力が必要になります。

「本当の意味でデザインされた、五感を刺激しつつ文化や歴史とつながる空間」が、地方イノベーションのチャンスだと思っていて。スーパーシティも「リトルトーキョー」みたいになるのは絶対にダメで、テクノロジーを使いながら地方の問題を解決しつつ、圧倒的に五感を刺激して文化や歴史とつながれること。これが大事です。

山本:いくら美しい自然や水があっても、それを五感に繋げる知恵と仕組み。これは確かに必要だと思います。前橋の「白井屋ホテル」もまさにいろんな人を惹きつける求心力になっていくと思うのですが、その点について仁さんはどう感じましたか。

田中:人が魅力的だと思う要素は限られていて、まずは「食」です。やっぱり食べ物がおいしいところに人は集まります。次に重要なのは「教育」。自分がどこに行こうかと考えた時に、その場に自分の子どもに受けさせたい教育があるかどうかは重要ですよね。その次に「文化」ですね。文化的な側面がないと余暇を楽しめない。また、「医療」も大事です。地域に病院があることは安心感につながります。そして最後は「歴史」。この5つが揃ったところが、魅力的な場所になるんじゃないかと思います。

デジタルの強みを活かし、「異人」を生み出す人材育成を

山本:教育が大事だというお話をいただきましたので、ここからは人材育成のお話をしていきたいと思います。知事になって一年半ほど経ちましたが、あらためて「どんな時でも大事なのは教育」だと思っています。安宅さんが以前「いろんな人間がいて、いろんな異なる生物がいるところで面白いことが起こる」とおっしゃっていましたが、全くその通りだと思っています。群馬県の目指すべき世界は、全ての県民が性別・国籍・年齢・障がいの有無に関わらず、それぞれの幸せを得られる分散型の社会です。

また、安宅さんの話でもう一つ気に入っているのは「異人」の話です。異人はとにかく少数で、排除されがちだが実は未来のカギを握る存在だと。群馬県としても、異人の考え方をもとに「始動人」というビジョンを作りました。ただし、始動人は誰でもなりうる。いわゆる特別な能力を持ってる人ではなくても、みんなに始動人の素質がある。私はこの始動人がもっと生まれても良いと思うのですが、教育と人材育成について安宅さんからお聞きできればと思います。

安宅:僕の言った「異人」って、変態みたいな人なんです。僕は、天才より変態だと思っていまして。その変態が生まれるために重要な要素は、「土地の豊かさ」です。変態というのは、いろいろいればいるほど良い。その視点で考えると、他の人が目指さない場所に行く人、始動人は素晴らしいです。特に「始動」ってところが良いですよね。何でも良いからぶつかって、転んでみようっていうことだと思うので。その向こうに未来を感じます。

山本:教育や人材育成について、太田さんからもお伺いできますか。

太田:今回思ったのは、例えば子どもたちに対して単純にプログラミングを覚えてもらうのではなくて、「自分が働きかけることで社会が変わるという認識」を身につけてもらって、能動性や自立性を育てることが大事だということ。そう考えると、プログラミングは自分で何かを作る原体験のきっかけにはなりますね。

あともう一つは、「違う自分」を見出せる環境の重要性。過疎の地域では小学校からずっと同じクラスだったりして、自分の位置付けがなんとなく決まっちゃうんですよ。話せる大人は学校の先生と親とバイトの店長くらいしかいない。その中で勝手にできてしまった正規分布をITやインターネットで崩して、いろんな凹凸のある、偏ったところが良いとされる環境を作っていかないと、「異人」や「始動人」は出てこないと思います。

山本:普段会えない人たちに会ってもらったり、なかなか体験できないことを実際に体験してもらったりすることは、教育の面で大事なんですね。

太田:そうですね。今の学習指導要領にも書かれていますが、学校を地域に開いていくことはすごく大事です。「なんでこの仕事やってるんですか」「何がやりがいなんですか」「何が難しいんですか」って子どもたちが大人に聞くと、みなさん真剣に考えて、大人たちも変わるんですよ。それによって地域も変わっていくので、教育は求心力になるだけではなく、地域が変わる核にもなります。

山本:なるほど。仁さんはいかがでしょうか。

田中:いまの教育の一番の問題は、やはり画一的なところだと思います。過去、SFC(慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス)に行ったときに、OBの講演を聞いた学生が「両親も親戚もみんな公務員だったので起業なんて全く考えたことがなかったけど、OBや先生の話を聞いたら起業したくなりました」と言っていて、その後実際に起業したんですよ。それって、「知る」ということなんですよね。様々な体験や知識を得ることが、その人の可能性を開くことにつながるんじゃないかと思うんです。その意味で今の子どもたちは、あまりに狭い世界に追いやられている気がしてならないですね。

山本:群馬県では、今年度中に群馬県の小・中・高校生に1人1台のパソコンを導入することになっています。ただこれはハードの部分だけで、最も大事なのは意識も変えることだと思っています。これだけ大きな可能性がデジタルの時代にやってきていて、世界最高のアーティストの話だって、無料で聞けるわけじゃないですか。その点について、安宅さんはどう思いますか。

安宅:デジタルが教育にもたらす最大のパワーは、距離と時間を越えられることと、カスタム対応が可能であることです。その人に合わせて、深堀ろうと思えばいくらでも深掘れて、独自にフィードバックをかけて変えていけるのがデジタルの特徴です。実際に今のインターネットは、一人一人どころか「場面」を解析しているんです。これを教育に適用できたら大きく前進すると思います。

ただ、そのためには、「リアル空間での体験」と「デジタルでの評価」をうまく繋ぐ必要があります。デジタル的な「いいね」の部分とリアルな体験をどうマッチさせるかは世界的なチャレンジなので、人類にとっても希望になります。少なくとも群馬は良くなる。素晴らしい話だなと思いました。

山本:アドバイスをいただきありがとうございます。太田さんは、デジタル化の流れの中で教育はどのようであるべきだと捉えていますか?

太田:僕は教育の専門家ではないんですが、二つ真面目に受け止めるべきだと思うことがあります。一つは、中学生を中心に不登校が増えていること。これはもちろん、いじめなどの深刻なケースもあると思いますが、そもそも現代の「暗記型で椅子に座って受ける授業」は多くの子どもたちから「ノー」と言われているんです。中学生へのアンケートでは「自分が何を学びたいのかを自分で決めることに自信がある」という子が半分を超えています。つまり、何を探求するのかは学校が決めるんじゃなくて、自分で決定させてくれと。それが自分の未来に繋がるんだと、半分以上の中学生が思っているんです。

もう一つは、今回のコロナ禍によってチラッと見えた、医療や教育等、様々なことの10年後の姿。デジタル化が代表的ですが、今までいろんな理由をつけてやってこなかったことを、強制的にやらなければならなくなりました。これらについては元に戻そうという圧力が働いていますが、ちゃんと受け止めた方が良いことだと思います。

山本:先日の教育のセッションで、カタリバの今村さんが「義務教育というのは、子どもたちにとっては教育を受ける権利であり、学校にいくことが義務ではない」とおっしゃったんです。私としても、慣習に合わせるのではなく、その人の個性が生きるような方法を採用すべきだと思っていて。N高の校長先生は「うちは不登校ってことはありません。大体登校してませんから」と言いましたが、そういう流れに変えていくべきだと思いました。

田中:高校・中学も大事ですが、私は「小学校」が一番大切だという話をよく聞きます。安宅さんは、そのあたりをどのようにお考えですか。

安宅:おっしゃる通り、初等教育が一番大事だと思います。初等教育こそが要であり、このタイミングで「生きる自信」を持たないと全部キツくなりますからね。のちに異人となる人が「変なままで良い」と思えるかどうか、「面白すぎる!」っていう経験を何回体験できるかが、未来を作ると思うんです。でも初等教育でフラットに均されてしまうと、戦える力がなくなっちゃう。 

群馬に期待すること

山本:ありがとうございます。最後に3人からそれぞれ、群馬県とコラボできそうなことについて知恵を貸していただければと思います。

安宅:群馬こそが、都市集中型未来に対するオルタナティブを作る第一次マザー地点であって欲しいなと思っています。前橋や高崎などの十分に大きな都市、そして美しい空間があって、しかも東京や日本海もそんなに遠くない。群馬って地の利的には最強なんですよね。だから、ここならできるんじゃないか、と僕はけっこう本当に思ってまして。未来を一緒に作る仲間というか、導師的な土地になっていただけると、最強の未来が生まれるんじゃないかと思います。

山本:ありがとうございます。素晴らしいイメージをいただきました。自然豊かで、首都圏に近いという特徴を生かして、ハイブリッドな群馬をしっかり作っていきたいと思います。太田さんはいかがでしょうか?

太田:これは安宅さんの発明ですが、「未来を作る方程式」というのがあって。未来=夢×技術×デザインですね。技術だけやってしまうパターンは多いんですけど、今はもう技術だけでは未来は開けません。妄想や夢をひとつひとつ実現してきて今日がありますからね。その時に、群馬にもうひとつ欲しいのは、デザインのできる人材をもっと増やしていく仕組みです。技術は持っていると思うので、あとはデザインの課題が解決されれば素晴らしい未来ができるなと思います。

山本:ありがとうございます。素晴らしいメッセージでした。仁さん、いかがでしょうか?

田中:デジタルという面も大事なのですが、デザインやアートなどクリエイティブな人材に「群馬いいよね!」と言われるような地域になってほしいですね。ビジョンや技術は揃っていると思うので、あとはそれをチャレンジする場所とか人を応援するような、そんな地域になってほしいと思いますね。

山本:なるほど。とにかく前から言われていますが、チャレンジする人、つまり始動人の足を引っ張るんじゃなくて、応援する文化を本当に作りたいですね。今日はありがとうございました。

(ライター/撮影:合同会社ユザメ 市根井 直規)

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登壇者

安宅 和人 慶應義塾大学 環境情報学部教授 ヤフー株式会社CSO

慶應義塾大学 環境情報学部教授 ヤフー株式会社CSO。データサイエンティスト協会理事。
マッキンゼーを経て、 2008年からヤフー。 前職のマッキンゼーではマーケティング研究グループのアジア太平洋地域中心メンバーの一人として幅広い商品・事業開発、ブランド再生に関わる。ヤフーでは2012よりCSO。途中データ及び研究開発部門も統括。
2016より慶応義塾SFCでデータサイエンスを教え、2018秋より現職(現兼務)。イェール大学脳神経科学PhD。内閣府CSTI基本計画専門調査会委員、同 数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度検討会 副座長などデータ×AI時代での変革をテーマにした政府委員を多く務める。
著書に『イシューからはじめよ』(英治出版、2010)、『シン・ニホン』(NewsPicksパブリッシング、2020)

太田 直樹 株式会社 New Stories 代表 一般社団法人 コード・フォー・ジャパン 理事 地域・教育魅力化プラットフォーム 評議員

ボストンコンサルティンググループでは、 シニアパートナーとしてテクノロジーに関する専門性を活かし、情報通信企業を中心にプロジェクトを推進。テクノロジーグループのアジア統括も務める。その後、2015年に総務大臣補佐官に就任し、IoT、AI、ビッグデータの政策を立案する一方で、中央と地方の様々な分断にも問題意識が移行。現在は、セクターを越えた連携やシビックテックの推進を通じて、コミュニティ主導のまちづくりや地域に開かれた教育など、地方の本当の豊さを創る仕組み作りの支援をしている。
東京大学文学部卒。ロンドン大学経営学修士。

田中 仁 株式会社ジンズホールディングス代表取締役CEO 一般財団法人田中仁財団代表理事

1963 年群馬県生まれ。1988 年有限会社ジェイアイエヌ(現:株式会社ジンズホールディングス)を設立し、2001 年アイウエア事業「JINS」を開始。2013 年東京証券取引所第一部に上場。
2014 年群馬県の地域活性化支援のため「田中仁財団」を設立し、起業家支援プロジェクト「群馬イノベーションアワード」「群馬イノベーションスクール」を開始。現在は前橋市中心街の活性化にも携わる。
慶應義塾大学大学院 政策メディア研究科 修士課程修了。

山本 一太 群馬県知事

群馬県草津町生まれ。中央大学法学部卒業、米国ジョージタウン大学大学院修了。国際協力機構(JICA)等を経て、1995年、群馬選挙区から参議院議員に初当選。以降、4期連続当選。参院外交防衛委員長、外務副大臣、内閣府特命担当大臣、参院予算委員長等の要職を歴任。2019年から現職。
趣味は音楽活動で、シンガーソングライターとしてこれまで6枚のCDをリリースしている。