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群馬からはじまる教育イノベーション! ~都市をリードする「地方でしか受けられない教育」とは?〜

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いま全国から注目が集まっている「共愛学園前橋国際大学」学長の大森昭生氏、音楽家・数学研究者・STEAM教育者等さまざまな領域で活躍する中島さち子氏をお招きし、これからの地方教育について徹底議論。都市にはない、地方でしか受けられない教育の魅力や可能性とは。

群馬県副知事 宇留賀敬一(以下、宇留賀):札幌では「NoMaps」、神戸では「078KOBE」など、地域発でイノベーションを起こしていく試みが国内各所で見られています。群馬においてはこの「湯けむりフォーラム」を通して地域発のイノベーションを生み出していけたらと思っています。

今回のセッションのテーマは「教育」。群馬から始まる教育イノベーション、都市をリードする「地方でしか受けられない教育」とは何かについて、共愛学園前橋国際大学の学長である大森昭生さん、STEAM教育者でありジャズピアニストや数学研究者としても活動する中島さち子さんをお招きしてトークセッションを行います。まずはお二人から最近の取り組みについて伺い、議論を進めていきます。

地学一体でグローカルな人材を育てる

大森昭生氏(以下、大森):共愛学園前橋国際大学で学長をしています、大森昭生です。2021年から新しく生まれる「共愛学園前橋国際大学短期大学部」の学長も兼ねることになっております。また大学の仕事の他には、中央教育審議会や内閣府の会議に出席したり、官邸に置かれている教育再生実行会議でスピーチをしたりするなど、これからの大学や教育のあり方についての政策決定過程に参画しています。

群馬県とは青少年健全育成や男女共同参画などの分野で関わっており、よりよい社会をつくっていくため県庁に足しげく通っています。また私自身が前橋市民で、地方創生の会議で座長をさせていただいていたり、前橋スーパーシティのアーキテクトの統括も任されております。ちなみにプライベートでは小・中・高校生の父でもありまして、今日の話は親としても大事なお話になるんじゃないかと考えています。

共愛学園前橋国際大学の現在のキャッチフレーズは「地域の未来は私が作る」というもので、学生たちが自分ごととして地域に関わっていけるような学びを展開したいと考えています。地方の大学は元気がない、なんてニュースがあちこちで流れていますが、おかげさまで本学は全国の学長同士が投票し合うランキングにおいて、教育面では4年連続5位をいただいています。実際に受験生もどんどん増えていますし、地域に根ざしていることが評価に繋がっているのかなと思っています。

そして本学では、国際的な視野を持ちながら地域で活躍できるグローカル・リーダー、いわば「飛び立たないグローバル人材」を育てることを目標に掲げています。世界を視野に身につけた力を、それぞれが立つ地域の中で発揮する人材。これを生み出していくために、たとえば地域企業の海外法人に赴いてビジネスミッションをこなすプログラムがあったり、オーストラリアの教育委員会と提携し、小学校教員を目指す学生がオーストラリアで教育実習を実施したりするなど、アクティブラーニングを中心に主体的で協働的な学びを実践しています。

また、グローカル・リーダー育成のためには、実は学校だけではなく地域からの協力も必要で、まさに地学一体が求められます。なぜなら、我々は教育や理論のプロであって、現場と実践のプロではないからです。「大学にはできないこと」は、実は山のようにあるんです。本学の学生たちも群馬県の特産品を使った商品開発をしたり、みなかみの山間地域でインターンとして活動したりと、県内の企業や自治体に非常にお世話になっています。

これから予測困難な時代に生きていく彼らは、もはや理論だけでは生きていけない。理論と実践を、キャンパスと地域を行ったり来たりすることが絶対に必要なんです。そして地域の中で成功と失敗を体験する。この経験が、彼らがこれからの時代を幸せに生きていくための力になるのだと思っています。

「ワクワク」の学びでつながりあうSTEAM教育

中島さち子氏(以下、中島):株式会社steAmの代表、STEAM Sports Laboratoryの取締役をつとめています中島さち子です。自分自身としてはジャズピアノと数学研究もしています。最近ですと2025年に開催される大阪関西万博のテーマ事業プロデューサーをさせていただいていたり、内閣府の方ではステムガールズアンバサダー(STEM girls ambassador)として、特に女の子たちに向けて理系的な世界の面白さを伝えていく仕事をしています。

STEAMはサイエンス(Science)、テクノロジー(Technology)、エンジニアリング(Engineering)、アートあるいはアーツ(Arts)、マスマティクス(Mathematics)を統合した教育の方法で、いろんな「好き」を掛け合わせてみんなで新しいものを生み出すやり方です。私も研究員として活動している経済産業省の「未来の教室」では「知る」と「創る」の循環を目指す姿としているのですが、大事なのは真ん中に「一人ひとりのワクワク」があること。自分の興味関心や「ちょっと面白いな」と思う部分って、信念や情熱につながりますし、生き方を決定づけていくものですから、そこからスタートして理論と実践の循環を回すことが大切です。

最近ですと、コロナ禍でワークショップ等がなかなか実施できない中で、オンラインで五感を使った創作活動をしてみる「steAm online PLAY SCHOOL」をスタートしました。その中で、例えばスライムを使って食品サンプルを作ってみたり、Googleのサービスを使ってAIを育成してみたり、数学とデザインを活用してプロダクトを作ったりしてきました。いままで通りのフィジカルなワークショップもメリットはありましたが、オンラインだからこそ海外の子どもたちや忙しい方々も巻き込んでいけるので、可能性を感じているところです。

また私はやっぱり数学が好きなので、「数理女子ワークショップ」という女の子とお母さんに限定したワークショップを時々行ったり、「社会人のための数学×◯◯講座」というものを開催したりしています。数学って、これまでの学校経験から「できる/できない」「正解/不正解」で自信をなくしてしまう方が多いのですが、本当の数学の面白さって文学に近いものがあると思うんです。外からは見えない本質的なものを、いろんな見方で見ることができるようになる。用意されている正解を探すのではなく、自分なりのモノの見方を自由に探っていく営みなんです。

また、STEAM×Sportsということで、身体性のなかにSTEAMを活用することを学校と連携して行っています。例えば自分がボールを持っていない時の立ち回りの意味を理解したり、考えて声を出し合いながら動いたりと、運動神経だけではなく頭を使ってスポーツをすることを目指した取り組みです。

群馬県においてもSTEAMが取り入れられてきまして、生徒自身に活動量計を身につけてもらい、そこから得られたビッグデータを用いて、「歩き」と「健康」の関係を研究する活動が吾妻中央高校で行われました。また途中で四万温泉周辺を歴史を学びながら歩くことでなるべく楽しめるようにしたり、加速度センサーを使って歩数計を自作してみることにも挑戦しました。私は、どのプロジェクトにおいても主役は子どもたちだと思っていますが、そこに関わる人たちも参画して、みんなで未来をつくっていけたらいいなと思っています。

予測困難な時代だからこそ、「小さな始動経験」をつくる

宇留賀:現在、群馬県では「20年後にどんな未来になるか」というビジョンについて議論しており、中島さんにも参加していただいています。当初は教育について「そんなに大きなテーマになるだろうか」と考えていたのですが、ほぼ全員の委員から「日本の教育は遅れすぎている」と話があり、あらためて力を入れていくことになりました。

高度経済成長期、80年代から90年前半くらいまでですが、日本は世界で最強と言われていた時期がありました。当時は大量生産が主流で、経済がこの先どういうふうに進んでいくかについて非常に見通しがついていた時代ですから、画一的というか歯車をつくるというか、大きなシステムの中で期待されたとおりに役割を果たすことを目指す教育が非常に効果的だったんです。

しかし、時代は大きく変わってしまいました。誰も来年の予想ができないほどスピーディーに変化していく社会においては、自分の頭で考えることや、中島さんがおっしゃったように「ワクワク」を持ちながら一歩を踏み出すことが必要になります。そして私は、それを実現するのが「始動人」なのかなと考えています。

これは、例えば政治家や経営者、オリンピック選手といった「特別な人」のことを指しているのではなく、些細でも自分なりに「やりたいこと」のカケラを持っていて、それを実践する人のことです。そして今、群馬で行いたい教育イノベーションはそんな始動人が増えていく環境を作ることだと考えています。この始動人について何かご意見をいただけますか。

大森:「見通しがつかないこと」、教育業界では「予測困難な時代」と呼ばれていますが、やはりキーワードになると思います。教育というものは子どもたちの幸せのためにやっているもので、彼らが幸せになるために今何が必要かを考えると、やっぱり「自分で課題を見つけられること」だと思います。過去、それこそ未来の見通しがついていた頃は「10年後こうなるから今のうちにこれをやっておきなさい」と課題が出せたんですが、今はそうではないんですよね。

中島:先が見えない中での学び方は、「失敗と成功の繰り返し」に尽きると思っています。新しいチャレンジをするときには絶対に失敗するものですし、実は失敗したときのほうが学びが深い。パッとできたことよりも、なかなかできないこと、うまくいかないことのほうが

多くのことを学べるんですよね。そういう学び方や生き方みたいなものを教育で伝えていきたいですね。「始動人のカケラ」みたいなものは全員が持っているので、それをどれだけ芽吹かせていけるかが重要だと思います。

宇留賀:そういえば過去、私も数学や物理がすごく嫌いな時期がありました。まず公式を暗記して、それを当てはめていくだけの勉強をしていたときは苦痛でした。でも大学で学んだ数学は解き方が無限にあるし、ひとつひとつのアプローチが全然異なるので、思考実験しながら自分で発見していく感覚が面白かったですね。こういう体験が実践とセットになっていると良いな、と思うのですが。

大森:始動人のカケラは本人の中にもあるし、小学校から大学まで、その学びの中にも転がっています。だから、本当に小さなものだとしても、始動経験を積み重ねていくのが大事なのかなと思いますね。

中島:大きなビジョンを持つこと、メタで考えることももちろん大事ですが、まずは具体的に手を動かしてみることですね。そうすると一人では実現できないから、色々な人の協力が必要になる。そこに産官学、地域も絡んで、子どもも大人もチャレンジしやすい文化や仕組みがどんどんできてくるといいですね。

地域それぞれの教育のあり方

宇留賀:私は人生の半分を東京で過ごしたわけですが、東京って各高校で地域性を出しづらいので「全てありそうで実は何もない」状況になりがちで、そこで行われる教育も20世紀型の教科書を暗記する教育になってしまうことが多いんです。しかし群馬であれば、自分の家から30分圏内に自然があったりするので、地域での学びと学校での学びを掛け合わせられる可能性が大きい。そんな地域性こそが、これから「答えのない課題」へ向き合っていく上で必要な「群馬でしか受けられない教育」になるのかなと思っています。

大森:「群馬でしか受けられない教育」という観点で考えると、やっぱりコンテンツなんだと思います。群馬にしかないコンテンツを通して、東京では見えない景色が見える。そのカケラは高校教育の中で出始めていると感じています。例えば前橋高校が前橋市を研究したり、桐生高校が桐生市を研究したりと、高校生が地域の研究を始めているんです。

ただ、その時に障害となるのが、「いつでもどこでも学べる環境」が整備されていないことです。研究をやろうとしたときに、現在はパソコン室に行く必要があって、時間と空間がかなり制約されるんですよね。それがもし解放されるのであれば、教育の幅が広がると思います。そしてその環境を整備するためには、物理的なデバイスだけでなく、先生や学生が困ったときに対応できるサポートデスクがあることも大切です。デジタル化の初期段階って現場が大変で、その結果先生たちの時間が奪われてしまったら元も子もないですからね。

中島:一人ひとりの個性に合った学びを支援するのって本当に難しいことなので、ICT関係の支援はちゃんと機能するかどうかを丁寧に検討するべきだと思います。新しいものを導入するときには「どうしていいか分からない」という人たちが必ずいるので、そこでちょっと拠り所になるようなものを作るとか。そのときには対話と、もちろんお金も必要になりますが、このあたりの仕組みづくりは重要ですよね。

宇留賀:群馬の特色って、たくさんの企業があって、自然もあって、農業も活発なのでそういう現場の難しさや楽しさを聞く機会が多いところですよね。

大森:学生が社会とつながることの大きなメリットは、他人の「始動人のカケラ」に触れられることです。それは企業の社長などの「特別な人の話」ではなく「現場で働くときのリアル」、例えば20代の社員さんが「俺は今こういうことをやっていて、この仕事で100人が幸せになってるんだ」みたいな話を聞くことで、日常の中に始動人のカケラがあることを知ることができるんですよね。

地方の課題=日本の縮図

中島:地域にある面白いモノを発信するときに、コンセプトやストーリー性を持たせて発信する翻訳者みたいな人が増えると面白いんじゃないかと思っています。アートでいうキュレーションに近いことですね。今だと、アーティストもいるし箱もあるんだけど、展示で終わってしまうことが多くて。そこにコンセプトを入れて見せ方を考える、ブリッチャーになれる人たちを育てていくような環境が作れたらいいなと思います。

大森:それこそがSTEAM教育の「A」の部分なんでしょうね。デザインというか「つなげる」というか。技術だけでなく、アーツを持っていることによって技術や人をつなげることのできる人が少しずつ増えていくことが、コンテンツをブランドにしていけるポイントなのかなと思います。

中島:「スマート農業に高校生から挑戦」ということを北海道・徳島・沖縄などでやっているんですが、農業って本当に面白いんです。思い通りにいかないことばかりなので、課題がたくさんある。それを「こんなものがあったらいいのにな」と試行錯誤して解決していくというのが実は農業ってすごくやりやすいんです。

大森:2019年度の「群馬イノベーションアワード」で大賞を取った高校生は、それこそ養豚に関するビジネスプランを発表していましたよね。そういうふうに、実は我々以上に若者たちのほうが地域の現場に対して課題感を持っていることも多くて。群馬は今、地域に関わっていくことがカッコいい、というような流れが来ていると思います。

宇留賀:群馬の豚の生産量は本州最大ですが、今までの養豚農業と異なる新しい視点が入ってきて、それを実現しようとみんなで動いて初めて世界にマーケットが開いていくので、みんなで時間をかけて投資していくことには意味があると思います。群馬の課題は群馬の中だけで解決するのではなく、いろんな人の知恵を借りる。そしてローカルにいて現場が近いからこそ課題もあり、ソリューションを作るチャンスにもなるっていうのがこれからの時代の主流なのかなと思いました。

中島:仮に凄腕のエンジニアだとしても、課題を知らないと新しいものは生みだしにくいし、そのスキルを社会とつなげることができません。つまり課題があることがチャンスになるんですよね。答えがない時代だからこそ、すごい人とか教科書とかに頼るのではなくて、自分たちで考えて実行していくということが大切なんだと思います。ただ、大きな課題は自分一人では解決できないので、個人の情熱を起点にいろんな人がつながれるような仕組みを作っていけたら、地域がとても元気になるんじゃないかなと思います。

大森:これまでは、地方の魅力、いいところを学ぶ「ふるさと学習」をやってきました。それはそれで意味ある取り組みなんですけど、一方で地方には課題が山ほどあって、それは日本全体が抱えている縮図でもあるんですよね。そこにちゃんと直面することによって、地域というものを自分ごととして受け止めるようになっていくんじゃないかな。

「誰もがワクワクの種をつかめる環境」が群馬の強みになる

宇留賀:私が2019年に群馬に来て真っ先に思ったことが、「前橋に人が歩いていない」。群馬県庁は前橋の中心地にありますが、このあたりも祝日の夕方なのに一人も歩いていなかったんです。でも30年前はたくさんの人が往来していたと聞きましたし、その賑わいを取り戻す方法を考えて実践し、変化を観測していくことは、それぞれの地域にしかできないことの一つだと思いました。

今後、Withコロナ時代がどれくらい続くかは分かりませんが、当分は「もとに戻す」というよりは「オンラインとリアルをうまく共存させながら、いろんな地域とつなげる」ことをやっていったほうがプラスが大きい気がします。「現場、家庭が大変になるから教育改革はそんなにしないで」という声もありますが、そういった声にも耳を傾けつつ、バランスを取りながら進めてまいりたいと思います。では最後にお二人から一言ずつコメントをいただき、今回のセッションを終了したいと思います。

大森:群馬においてもSTEAM的な教育方法がトレンドになってくる中で大切なのは、「学生自身がワクワクする種みたいなものをどれだけ掴めるか」だと思います。そして、そういった若者の動きを我々大人が許容し、推進するような環境を作ること。その結果、芽吹いたものが未来を作っていくわけですからね。そんな環境こそが群馬の強みになるんじゃないかと思います。みんなで芽吹いていきましょう。

中島:本日は基本的に前向きな話をさせていただきましたが、特に地方ですと、孤独や弱さで悩んでしまうことが多いのかなと思っています。だから、まずは弱さを認められる地方であってほしいと思いますし、そこを助けられるものが教育であってほしいと思っています。また、これからは群馬のような自然もあってアクセスも良好な地域から、新しい幸せや生き方の社会モデルは生まれるのかなとも思います。

(ライター/撮影:合同会社ユザメ 市根井 直規)

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