- REPORT
藤原食ラボ取材レポート:地域の伝統を継承した新しい食文化をつくる
群馬県みなかみ町藤原地区では、地域の食文化を調査・研究し、土地の記憶を活かした新たな食のコンテンツを生み出す「食ラボ」の活動が始まりました。藤原地区で食されてきた「おやき」から新たな名物「藤原焼き」を作り、藤原地区の魅力を高める取り組みが進められています。今回は「藤原焼き」開発までの取り組みと、2回の試食会と藤原祭に出展しての試食会の様子をお届けします。
〇地域の魅力を高める「食ラボ」の活動
〇藤原の伝統食「おやき」を研究(オンライン検討会~第一回試食会の開催)
〇地域の食材と器を組み合わせ、新たな魅力を模索(第二回試食会の開催)
〇第二回試食会参加者コメント
〇藤原祭にて地域の方に向けた試食会を実施
〇藤原焼き――地域の味がつくる未来
地域の魅力を高める「食ラボ」の活動
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群馬県の最北端に位置するみなかみ町藤原地区。ここでは慶應義塾大学の安宅和人教授が提唱する“都市集中型の未来に対するオルタナティブを創るプロジェクト”「風の谷構想」の実現を目指した活動が行われています。
利根川の源流と広大な森林を擁し、多様な動植物と共存する藤原の暮らしは、人間と自然が共に豊かに生きる世界を目指す「風の谷構想」においても高いポテンシャルを秘めています。
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今回ご紹介する「食ラボ」の活動は、食文化を深掘りすることで地域の魅力を捉え直し、次世代に土地の歴史や魅力を伝えていくための取り組みです。長く藤原地区で暮らしている方や移住者、行政担当者、民間企業担当者など、幅広く藤原地区の未来を想うメンバーが集まり、藤原の食に関する調査・研究・実践がスタートしました。
藤原の伝統食「おやき」を研究(オンライン検討会~第1回試食会の開催)
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まずは、藤原地区で採れる農畜産物やきのこ、フルーツ、山菜などに加え、日常的に食べられている料理などの食文化が調査・研究されました。その中で注目を集めたのが、藤原地区で昔から食されていた「おやき」です。
「おやき」と聞いて多くの人が想像するのは、小麦粉や蕎麦粉を使った皮で野菜や餡を包んだ長野県の郷土料理かもしれません。藤原のおやきは長野のそれとは異なり、小麦粉に味噌と具材を混ぜて多めの油で揚げ焼きしたもので、群馬県内では「じりやき」とも呼ばれています。家庭によって粉や水の分量は異なり、具材も様々であることが特徴です。
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「伝統的な料理でありながら、現代的なアレンジがしやすい」ということで、地域の求心力を高める新たな食コンテンツとしておやきをベースにした「藤原焼き」を開発していくことになりました。食ラボのメンバーは、月1回程度のオンラインでの検討会を重ね、藤原地区におけるおやきの作り方や食され方、つまり「おやき文化」についてのリサーチを行うとともに、目指すべき藤原焼きの姿について議論を重ねました。
そして、令和6年6月24日に、いよいよ試作品づくりを行う第1回目の試食会が開催されました。試食会では、参加者が伝統的な藤原地区のおやきを食べ、作り方や要素を確認しました。また、みなかみ町特産のブルーベリーのソースをかけた新しいおやきのレシピにもチャレンジしました。第2回試食会に向けて検討すべき事項なども確認され、実りある試食会となりました。
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地域の食材と器を組み合わせ、新たな魅力を模索(第2回食ラボの開催)
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令和6年10月15日には2回目の試食会を開催。調理は藤原地区にある「ホテルサンバード」の代表である松本亨太さんと、松本さんの兄であり東京でイタリアンレストラン「オステリアサンテ」のオーナーシェフをされている松本義親さんが担当しました。洋風にアレンジされたおやきや、地元の身近な食材であるふき味噌を入れたおやきが披露されました。
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また、伝統食であるおやきを載せるお皿として、藤原の伝統的な器である「藤原ぼん」の紹介も行われました。古くからホウ・栗・トチ・ブナなどの落葉樹に恵まれた藤原地区には多くの木地師が住んでおり、「藤原ぼん」と呼ばれる木製のお盆が生産されていたそうです。ノミによる放射状の模様が彫られていることが特徴で、今も丸型や半月型、扇形など様々な形の作品が残されています。かつて祝膳や茶事の際に使われていたと推測される漆塗りの高級品から、うどんや団子を捏ねる際に使われる「こね鉢」として使われていた素朴な品もあり、近年はその価値が見直されています。試食会ではお盆に載せたおやきが出され、参加者は伝統文化を感じられる見た目も楽しみました。
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試食会では薄力粉で作られた歯ざわりの軽いおやきと、中力粉で作られたもちもち食感のおやきの2種類が用意されました。また、トッピングとして「栗のクリーム」「味噌クリーム」「キノコとチキンのソース」などが用意され、参加者はそれぞれのおやきと組み合わせて試食。これまでのおやきとは違う食べ方・味わいをもとに、新たな「藤原焼き」の方向性が話し合われました。
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参加者からは「お祭りや地域のお店で食べたおやきを思い出した」といった地元の味を懐かしむ感想や、「季節の食材を合わせれば、魅力的な商品になるのではないか?」といった提案が出されました。当日は藤原地区の「森のようちえん でこでこでん」の子どもたちも試食会に参加し、栗や味噌のクリームで甘くアレンジされたおやきなどを頬張りました。提供方法についても議論がなされ「実際に藤原の山を訪れ、山菜を採るところから『藤原焼き』を作れる体験プログラムを開催してみたい」という声もあがりました。
第2回試食会参加者コメント
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食ラボメンバー 森林塾青水 塾長 北山郁人さん
「藤原地区で風の谷構想を実現できないか」という想いを原点として、地域でできることを探した結果、「藤原焼き」づくりの活動が始まりました。今回は「ゆきん子食堂」さんにおやきのレシピを教えていただいたのですが、意外と焼き加減が難しかったという印象です。レシピには曖昧なところも多く、作り手によって分量や具材が異なります。藤原地区の名物として周知させるためにも、基準となる形が見出せたらいいなと感じました。各家庭で作られているおやきのレシピやアレンジ方法を聞きながら、新たな「藤原焼き」を作っていきたいです。
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食ラボメンバー ホテルサンバード 代表 松本亨太さん
藤原地区の未来を考えた時、魅力的な食のコンテンツがあることが重要だと考えて「藤原焼き」づくりのプロジェクトに参加しました。おやきはアレンジの幅が広く、地域で採れる食材とのコラボレーションがしやすいので、今後の展開が楽しみなテーマだと感じています。私はホテル業を営んでおりますが、ホテルの食事では郷土料理や地元の食材などを用いて“地のもの”の匂いを出すことを意識しています。将来、「藤原焼き」も土地を感じられる料理として楽しんでいただけたらうれしいですね。和食だけでなく洋食のメニューでも合うような、一口食べれば藤原を感じられるストーリーを備えた食のコンテンツに育てていきたいです。
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食ラボメンバー 「(株)オープンハウスグループ」事業開発部長 横瀬寛隆さん
私たちオープンハウスグループは、群馬県内各地で「地域共創プロジェクト」と題した地域づくり活動に取り組んでいます。みなかみ町では「みなかみまちづくりプロジェクト」として温泉街の再生などに取り組んでおりましたが、3年前に藤原地区の宝台樹(ほうだいぎ)スキー場と宝台樹キャンプ場を事業継承したことから、「藤原焼き」づくりの取り組みにも参画させていただくことになりました。地域特有の食べ物だけでなく、「藤原ぼん」という器があることは珍しく、藤原ならではの大きな魅力だと感じています。地域の特色を組み合わせることで、スキー場やキャンプ場を訪れた皆様が藤原の魅力を体験できるような、新たなプログラムを展開できればと考えています。
藤原祭にて地域の方に向けた試食会を実施
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試食会でのフィードバックをもとに「藤原焼き」を改良し、令和6年11月13日にみなかみ町立藤原小学校で開催された「ふるさと藤原祭」にて、3回目となる「藤原焼き」の試食会が行われました。
「ふるさと藤原祭」とは、今年で開校150周年を迎える藤原小学校の児童生徒の発表会の場であり、地域のお祭りとして地元住民に親しまれているイベントです。当日は開校150年の歩みを振り返る講話や児童生徒の学習発表が行われ、子どもから大人まで和やかな時間を過ごしました。
「藤原焼き」は試食しやすいよう、たこ焼き機を活用した一口サイズで作られ、会場内を訪れた方々に振舞われました。発表を終えた子どもたちも試食し、地域住民の皆さんからは新たな食コンテンツを歓迎する感想や応援するコメントが寄せられました。
試食会来場者 コメント紹介
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<来場者 吉野さん親子>
私はこれまであまりおやきを食べたことがなかったのですが、藤原地区の伝統的な料理だと聞いて試食しました。地域のいろいろな方に話を聞きながら作ったと知り、新たな形で地域の味が食べられることをうれしく思います。味は山菜の風味と味噌の辛さがマッチしていて美味しかったです。大人の味だと感じましたが、子どもたちも美味しそうに食べていて驚きました。
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<来場者 石垣さん親子>
前回の試食会も子どもと一緒に参加させていただきましたが、今回は一口サイズに改良されていたのが良かったと感じました。おやきというと小判型のイメージに縛られていましたが、タコ焼き機で焼くと小さな球状にできるため、気軽につまめていいですね。以前より味噌やふきの風味が強まり、お酒のつまみにもよさそうだと思いました。
藤原焼き――地域の味がつくる未来
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土地の記憶として地域の人々により守られ未来に引き継がれていく
「みなかみユネスコエコパーク」に代表されるように、自然と共生する暮らし方が次世代のモデルケースとして世界から注目を集めているみなかみ町。地域の歴史や文化、魅力を大切にしながらも、時代に合わせた発想で新たな価値を創出する「藤原焼き」づくりの取り組みもまた、次世代に向けた大切なメッセージの一つです。「未来の街には都市しかない」という未来へのオルタナティブとして、どんな今を残していきたいか――地域の価値を高めるとともに求心力となる魅力を再発見し、新たな形で伝える藤原の取り組みの先に「風の谷プロジェクト」の描く未来があることが感じられます。
最後に、「藤原焼き」の取り組みにおける中心者である北山さんに、プロジェクトの感想と今後の展望をコメントしていただきました。今後、藤原地区の中で「藤原焼き」がどのように育まれていくのか、新たな地域の味がつくる未来にご期待ください。
食ラボメンバー 森林塾青水 塾長 北山郁人さん
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――藤原祭での試食会の手ごたえはどうでしたか?
事前の試食会とは違い、たこ焼き機を活用した焼き方での提供でしたが、一口サイズの「藤原焼き」は食べやすくて好評でした。形状を変えたことで、表面をカリっと焼き上げつつ、中を柔らかく仕上げられたのがよかったですね。具材には藤原地区にとって馴染み深いふき味噌とネギを入れましたが、藤原らしい味として受け入れていただけたのかなと思います。春には採れたてのふきを入れるなど、まだまだ工夫の余地があると感じました。
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――今後の「藤原焼き」についての展望や課題はありますか?
以前、藤原祭では「ぼた」と呼ばれる潰したご飯にクルミ味噌を塗って焼いたおやつが振舞われていましたが、昔の「囲炉裏を囲んで食べる」ような文化がある地区だからこそ、新たな「藤原焼き」も同じように根付いていけばいいなと思っています。名称はまだ仮ですが、今後も藤原の郷土料理である「おやき」を軸に、地域の色が見える食コンテンツとして商品化していきたいです。また、一番美味しい焼きたてを食べていただけるよう、キッチンカーや屋台を使うなど、提供の仕方も考えていきたいですね。
――最後に、藤原の魅力をお教えください。
私は藤原地区で暮らし始めて15年目になりますが、この地域で過ごしていると四季よりも細かな季節の変化を感じられることに気が付きます。豪雪地帯でありながら様々な動植物を見ることができ、まさに多様性のある地域です。この自然が、藤原の魅力だと思います。
藤原祭が行われたみなかみ町立藤原小学校は、全校生徒が5名しかいない小さな学校です。今年度、私は子どもたちと一緒にお米作りをするなど、学校と連携したプロジェクトを進めてきました。今後も子どもたちと一緒に色々活動しながら、子どもたちに藤原の魅力を伝えたいと思っています。藤原祭では「藤原ぼん」の展示も行いましたが、地域にある食材や器、そして地域の人たちとコラボレーションしながら“藤原らしさ”を探していきたいです。
ライター:西涼子 カメラマン:市根井直規 山口大空