- REPORT
音楽の力で世界をつなぐ ─ みんなでつくる、新しい演奏会
12月5日、群馬県と群馬交響楽団の主催で『音楽の力で世界を「つなぐ」群響演奏会』が開かれます。
(ページ下部に当日の模様を取材した追記があります。ぜひご覧ください)
この演奏会では、群馬交響楽団(以下、群響)の75年間の歴史上初となる「テレビ生放送」そして「オンラインでのライブ配信」が同時に行われる予定で、新しい時代の音楽鑑賞の場として期待されています。
また本プロジェクトの実現にあたり「ふるさと納税」を活用したクラウドファンディングが実施され、集まった金額は当初の目標を大きく上回りました。
今回は、群馬交響楽団のキーマンである常務理事兼音楽主幹・渡会裕之さん、そして群響楽団員としてコントラバスを演奏する若林昭さんにお話を伺いました。彼らの演奏会にかける想い、そしてコロナ禍における楽団の姿からは、私たちに音楽や文化のパワーを再認識させるきっかけを得られるでしょう。
群響の創立から受け継がれてきた「文化のバトン」をつなぐために
─群響初のテレビ生放送・ライブ配信ということですが、どのようなきっかけや経緯があったのでしょうか。
渡会さん もともと12月に群響がベトナムに渡って演奏会を開催する計画があり、準備も着々と進んでいました。群馬県は外国人雇用の多い県であり、ベトナム出身の方もたくさん在住されていますから、同国との絆を演奏会を通じて深め、文化や経済の交流を図ろうとしていました。しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大によりベトナム公演が中止となりました。
そんな中、群馬県の文化振興課の方々からご提案をいただいたんです。「ベトナムのハノイと高崎市をオンラインでつないで演奏会を実施し、県内のみなさまにも群馬テレビの生放送でお届けするのはどうか」と。私たちにとってもこれまでに経験のない取り組みとなりますが、2020年は群響の記念すべき75周年のタイミングでもあり、新たな演奏会の形のチャンスとして実行に踏み切りました。
─このような新しい取り組みを実現するにあたり、ハードルを感じる部分はありますか。
渡会さん 演奏を映像に収録することは過去にもありましたし、3月には定期演奏会をラジオの生放送でお届けいたしました。しかし今回はベトナム現地と相互のやりとりが必要であるため、はっきり申し上げて別物です。必要となる技術も機材も大きく異なりますから、群馬テレビの皆様に全面的にご協力いただくことで実現が可能になっています。それにあたり、もちろん資金も必要になるので、今回はクラウドファンディングを利用してご寄附を募らせていただいております。
─資金を集める方法は様々かと思いますが、その中でもクラウドファンディングを選んだ理由は。
渡会さん もともと群響は、戦後で荒廃していた日本において、「生活の向上には文化が必要だ」という熱い意志のもとに作り上げられてきた団体です。群響が長年の間本拠地としていた群馬音楽センターも市民のみなさまのご寄附で創立されたものですし、伝統的に「幅広く・少しずつの支援」で活動してきた側面があります。ですから、名称はクラウドファンディングと現代風ではありますが、群響を創立した方々の想いにつながる方法であると考えています。
─今回、演奏会場である高崎芸術劇場には医療従事者や介護従事者のみなさんをご招待するのですね。
渡会さん 新型コロナウイルス感染症の影響で、長期間にわたり想定外の状況が続いています。それも世界中で。今回の演奏会は、そんな混乱の中、私達の生活を守るために力を尽くしてくださっている方々に対して感謝の気持ちも込めて開催いたします。
音楽や文化の与えられる影響は数字で測れるものではありませんが、私たちはその力、強さ、大きさを信じています。この群馬・高崎から発信される演奏で、少しでも皆様の心が和らぐことを祈っています。
地域に根ざした楽団で演奏するということ
─若林さんは群響でコントラバスを演奏されているということですが、このコロナ禍の期間はどのように過ごされていましたか。
若林さん 演奏家としては、これだけ自由な時間ができたのは初めてのことでした。空いてしまった時間をスキルアップのための勉強に使ったり、モチベーション維持のために「おうちで群響」をはじめとした動画をYouTubeで配信したりして過ごしていました。
また、3月~6月は学校が休校になり、中学生の子どもたちと妻を含めて家族4人でステイホーム。家族との時間をここまで確保できることはこれまでになかったので、貴重な時間を過ごせたとも感じています。
─無観客での演奏を体験されて、気づいたことなどはありますか。
若林さん 「演奏会は、観客のみなさまと一緒につくるものだ」ということを再認識しました。以前からよく言われていたことではありますが、本当にそうなんだなと。ステージには客席の空気感が非常に伝わってくるもので、みなさまの期待や意識の集中を感じながらコンサートをつくっていく感覚があるんです。
無観客での演奏に関しても、電波の向こうで聴いてくださっている方々に対して精一杯演奏することには変わりありませんが、目の前に誰も居ない状況ですと逆に少し緊張してしまうところがあるかもしれませんね。
─ちなみに、「コントラバスを仕事として演奏する」という道を選ばれたのはどんな理由からですか。
若林さん 私が最初にコントラバスにふれたのは、一般の大学のオーケストラサークルでした。当時の大学生は売り手市場でしたのでキャリアの選択肢は色々あったのですが、私は「ちょっと変わった生き方がしてみたいな」と思い、コントラバスを仕事にすることを目指し始めました。その後、あらためて音楽大学を受験しなおし、卒業してからはフリーランスの演奏家として10年ほど活動しました。
─いろいろな選択肢の中、群響に所属されたのはどうしてですか。
若林さん 「大都会ではないところで、地域に根ざしながら活動しているところに入ってみたい」という気持ちがあったためです。先ほどの渡会さんのお話にも繋がりますが、群響は地域密着活動が伝統になっていますからね。楽団員としてその地域に暮らして吹奏楽の指導をしたり、小編成の室内楽を地域の方々に楽しんでもらったり……。そういった営みに憧れがあったんです。もちろん入るためには簡単ではないオーディションがあるわけですが、運良く入団することができ、今に至ります。
群響を100年の歴史に導く「新しいオーケストラ」
─最後に、おふたりにお伺いします。今回の公演に向けて、大切にしている想いはありますか。
渡会さん 群響は、「市民オーケストラの草分け」として徐々に力をつけてきた組織です。これまで75年間にわたって活動を続けられてきたのは、紛れもなく地域のみなさまの長きにわたるご支援のおかげです。今後も演奏活動を世界に向けて発信していくとともに、文化的な交流を通じて地域社会が豊かになることを願っています。
若林さん 会議などがオンラインで行われることが当たり前になりつつあり、社会の形が変わっているように感じます。もちろん演奏活動に関しても同様です。今回のような規模の大きな演奏会の生放送は初めてですが、「新しいオーケストラ」のモデルとして成功させないといけないな、と思います。いつもと変わらず、いい演奏をしたいですね。
【音楽の力で世界を「つなぐ」群響演奏会】概要
- 日時 令和2年12月5日(土)19:00~21:00
- 会場 高崎芸術劇場 大劇場
- 主催 群馬交響楽団、群馬県
- 出演 小林研一郎(指揮)、群馬交響楽団(管弦楽)
- リモート出演 ベトナム国立交響楽団
※追記(2020.12.6)
12月5日に開催された『音楽の力で世界を「つなぐ」群響演奏会』の様子を写真でお届けします。
開演1時間前。高崎芸術劇場に実際に来場するのは、コロナ対応に御尽力いただいている県内の医療・介護従事者、そして県内に在住・在勤するベトナム出身の方々。感染対策のため間隔は空けつつ、たくさんの観客がいらっしゃいました。
開演は19時。山本一太群馬県知事の挨拶から始まります。
「群馬にとって宝物のような存在である群馬交響楽団。演奏会の開催にあたり、県民のみなさまには大きなご協力をいただきました。今年は群響にとっても本当に苦しい1年でしたが、このプロジェクトを通して少しでもベトナムとの交流を深められればと思っています」
続いて、ベトナム政府の官房長官のマイ・ティエン・ズン閣下、文化・スポーツ・観光副大臣のタ・クアン・ドン閣下による激励が、ステージ奥に大きく映し出されます。音楽の力を通じて両国が発展していくきっかけとなる今回の演奏会を祝福しました。
ステージで心を整える楽団のみなさんの中には、記事にも登場したコントラバス奏者の若林さんの姿も。
そして、いざ演奏が始まります。曲目はスメタナ《わが祖国》「モルダウ」、チャイコフスキー《くるみ割り人形》「金平糖の踊り」など。誰もが一度は聞いたことのある有名なクラシックではありますが、生で演奏を聴くと、その複雑で繊細な音使いに驚きます。
指揮を執るのは、「炎のコバケン」の愛称で知られる小林研一郎氏。身体全体を使った大きな動きで、観客席に向かって音を飛ばします。
群響の演奏が終了すると、再度ステージ奥の映像に目線が集まります。続いて始まるのは、ベトナム・ハノイ現地からリアルタイムで届く、ベトナム国立交響楽団の演奏です。
披露されたのは、「ハノイ – 信念と希望」、そしてベトナム民謡「米太鼓」。ベトナムの風を感じるリズムに心が踊ります。
休憩をはさみ、演奏されたのはベートーヴェンの交響曲「運命」。勇ましい曲調に始まり、ストーリーを感じさせる展開が進む壮大なメドレーです。
終了後は、指揮・小林研一郎氏が挨拶を述べます。
「マイクがございませんが、肉声をお届けしたいと思います。今日はみなさんから大きなお力をいただきました。これからも群響のコンサートにおいでくださって、大きな拍手を届けてください。」
そして最後にはアンコールとしてマスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲が披露され、大きく長い拍手とともに演奏会は幕を閉じました。
(ライター/撮影:合同会社ユザメ 市根井 直規)