• REPORT

地域の宝を価値に変える。第一線のリーダーから学ぶ「群馬の観光の未来」【後編】

Share

2022年12月3日、6期目となる「ぐんま観光リーダー塾」の第5回目のプログラムが開かれました。「ぐんま観光リーダー塾」とは、地域の課題を解決するために、観光地域づくりを推進できる中核人材の育成を目指した、“学び”と“対話”を中心とした講座です。ここから「群馬の観光の未来」を担うリーダーが生まれ、地域を輝かせていくことが期待されています。

今回の会場は、群馬県庁最上階のイベントスペース「NESTSUGEN」。ここに各地域の第一線で活躍する4名の講師をお招きし、プレゼンテーションとパネルディスカッションを行いました。

前編はこちら

地域の課題を見据え、観光を牽引する講師陣の言葉は、受講生にどのように届いたのでしょうか。後編では、受講生も巻き込んだパネルディスカッションの様子をご覧ください。

篠原 跡見学園女子大学の篠原と申します。パネルディスカッションの前に、現在の日本の観光の状況について簡単に整理させていただきます。

1部での講師のみなさんのお話にも出てきましたが、日本は少子、人口減少が続いています。生産年齢人口は、2060年には約4,400万人、現在の半分になってしまうと予想されています。これが現実です。すなわち国力が半分になってしまうわけだから、やはり外貨を稼がざるを得ない、そこで観光は政府の経済政策の大きな柱になります。日本の観光の価値を上げて外貨をしっかり稼ぎ、観光産業に従事している方の賃金を上げていかなければいけないわけです。

日本の観光政策は、人の「数」を呼ぶことには成功しています。しかし以下の2点に関しては苦戦を強いられています。1つは観光消費額、もう1つは地方部での宿泊数です。言い換えれば多くの人を呼んでも「稼ぐ観光」と「地方への観光客の分散」が実現できていないことです。こうした問題は群馬県を始め全国の市町村が地域観光の付加価値を民間と共同で磨き上げ、稼ぐ仕組みを作り上げる事、「住んでよし、訪れて良し、のまちづくり」を行うことが地域の課題だと考えています。

まずは、篠田副市長にお伺いします。「よそ者」的立場から副市長として氷見市の行政に飛び込まれたわけですが、地域のしがらみ、または価値観のギャップなどがあったと思います。そのあたりに対して、率直にどのようにお感じになりましたか?

篠田 意外と、氷見の方々は最初から面白がってくださいましたね。その理由は、こちらから積極的に発信しているということも大きいと思いますが、私がとくに努めているのは、必ず現場に足を運んで情報を拾うということです。まず信頼関係を作り、ステップを踏んでいく。

しかし、私が今でも戸惑い続けていることもあります。それは、行政のシステムです。副市長という立場で私が「これやろうよ」と提案しても、なかなか簡単には動かない。

例えば学校給食。先ほども申し上げた通り、氷見は食べ物がとても美味しいんです。それなのに学校給食における地元産品の地産地消率がなんと5%しかない。私は愕然としました。聞いてみれば、給食担当者は「毎日ちゃんと子供たちに給食が届きさえすればいい」と考えている。かたや、食材供給の農林・水産チームは「なんとか学校給食に入れないかな」と思っていたが、そこに横串が刺せなかった。行政の悲しいカルチャーですよね。そういった課題が山のようにあります。

今回の場合、ネックになっていたのは、単純に話し合いが開かれていない、ということでした。そこで給食チーム、魚チーム、野菜チームなどを集めて合同会議を開くようにしてみました。その結果、今は20%まで上がってきたところです。ですから、「行政の作法」みたいなものから変えていかなければならないんですよね。

篠原 ありがとうございます。私もよく地方の講演などで「行政を頼るな」とお話ししています。その行政の限界を乗り越えて頑張っているのが下苧坪さんなのかなと思っています。行政は前例主義、新しい発想や動きに対して障壁になることもあると思います。今までさまざまな壁をどうやって乗り越えてきたのでしょうか?

下苧坪 会社を創業して11年になりますが、行政の皆さんとは良好な関係です。ただし、最初からそうはいかない。たとえば、漁業協同組合では、力を持っている人がほとんど高齢な方なんですよね。でもこれは現代だけではなく、これまでもずっとそうだった。100年前も200年前も。だから、いつの時代であっても「ただ諦めずにやり続ける」ってことが大事なんですよね。地域を変えるということは、それくらい大変なんです

私も最近になって行政から「この施設をどうにかしてほしい」とお願いされたわけです。10年以上やってきて初めて言われたんです。結局、やり続けて実績を積み上げてきたからだと思っています。

英語表記の看板を立てるにしても、行政関係の建物の改修工事をするにしても、すべて行政のハンコが必要です。そういったなかで、いかに連携するかという心持ちが重要だと思っています。

篠原 最近、「観光は地域の総力戦」と言われています。これまでは、いわゆる直接的な「観光事業者」と言われる、ホテル・旅館・鉄道会社・航空会社・レストランなどの業界だけが観光について考えてきたわけですが、これからの時代は地域のあらゆる素材を観光資源として磨き上げることが大切になりました。観光振興は、観光事業者だけでは実現不可能なんです。

下苧坪さんは衰退していく「この町の漁業を何とか未来に繋げたい」という想いから事業を行われてきたことと思いますが、今では漁業を通じてSDGs教育も含めた観光事業も行われています。観光に視野を向けていくことが世界ブランドに繋がるとお考えになったのでしょうか。

下苧坪 実は、観光に着手した最大の理由は、「稼げない水産業」だからなんですよ。利益率がすごく低いんです。日本の農林水産物は、ものすごく苦労して作ったり獲ったりしても、安く買い叩かれるマーケットしか存在していない

それが、実際に現地に来てもらって、ストーリーを感じながら食べてもらうことで、ぐっと値段が上がるんです。だから、ストーリーとなる背景をどうやって価値に変えていくかが大切だと思っていますね。

篠原 これまでの観光のキーワードは、「いつでも・どこでも・どなたでも」。便利に旅ができる仕組みを作れば、お客さんは来るのだと信じられていました。しかし団体旅行が衰退し、旅行形態が個人型に、さらに目的型に大きく変化してきたことから、旧来のキーワードではお客様は来てくれない状況になりました。

では、これからの観光とは何か。「いまだけ・ここだけ・あなただけ」がキーワードになります。言い換えれば、「この冬の時期」に、「群馬県」に来てくれた、「あなただけ」が特別に体験できること。それは、来ていただかないと味わえない!そういったストーリーが大切なんです。

また鳥塚社長は、鉄道をベースに地域に新しいアイデアで人々を繋いで来られました。その裏にはご苦労もあったと思いますが、改めてご参加くださっているみなさんにエールをお願いできますか。

鳥塚 さきほどの水産業でも出ましたが、確かに単価が安いんですよね。鉄道も数百円で人を乗せて走っています。では、なんでそんなに安い値段で鉄道をやっているのか。やはり「地元の人の足」という要素が大きい。でも、少子高齢化でお客さんがどんどん減っていて、それだけでは成り立たなくなり、平日は地域の足、週末は観光で稼ぐというビジネスモデルになったわけです。

たとえば、観光業によく見られる課題は、土日にしかお客が来ないということ。旅館でも、土日には満室になるが、平日は2部屋程度しか埋まらない。そういった「需要の波」みたいなものがある。それを頑張って平準化しようとするのではなく、ちょっとだけ成果を出すことが大切だと思っています。たとえば、もともと2部屋しか埋まらなかった部屋が3部屋埋まるようになれば、50%アップですよ

我々も土日に観光列車を走らせていると、満席になってしまう。でも平日に臨時便を出してみると、やっぱり全然席は埋まらない。でもそれを心の負担にしないで、少しでも来てくれれば売上は上がる。そういった部分を考えることが大切だと思いますね。

篠原 受講生の方からもお話を伺いたいと思います。桐生市の地域おこし協力隊として活動している小林さん。任期を終えた後は、どうされますか?

小林 私はいま、地域おこし協力隊として桐生市の一般社団法人である桐生市観光物産協会で活動しています。もう3年目になり、3月末で任期が終了するのですが、正直、やりたかった動きがまだできていなくて……。

もともと観光業に携わりたいと思って地域おこし協力隊に応募して、現在のところに配属になったのですが。組織が、ちょうど行政管理の組織から、一般社団法人になったタイミングだったんです。まだ組織の体制づくりの最中というか、仕組みが固まっていない中だったので、自分がどう動けばよいのか模索していたら、任期が終わってしまったような感覚です。それもあって、今回このぐんま観光リーダー塾に参加させていただいたところがあります。

篠原 3年間頑張って来られましたが、あいにくコロナの時期と重なり、観光についても思った活動ができなかったことと思います。また、小林さんご自身もまだ着地点を模索しているような段階だったということですかね。鳥塚社長、そんな小林さんにアドバイスをお願いできますでしょうか。

鳥塚 私は、コロナは人類みんな平等だと思っているんです。しょうがないと。そんななかで、小林さん自身が地域の評価をしてみて、こんなところにいても仕方がないと思ったら別の場所に行くべきなんだと思います。

私自身もローカル鉄道の建て直しでいろいろな土地にアドバイスに行きますが、「この土地で種をまいたら、芽が出るのか」ということは評価しています。すでに耕されて種を探している土地もあれば、永久凍土のように凍りついてしまっている土地もあるわけです。

私も60歳を過ぎて、残り時間が少なくなりました(笑)。だから、合理的に効果が出るような活動がしたいんですよね。日本全国津々浦々、だれもが生き残れる土地というわけではないので、自分が活躍すべき土地かどうかを見極めることは大切なことです。地域にとっては厳しい言い方かもしれませんが、「よそ者」としての評価っていうのは、してもいいことなんだと思います。

篠田 私は、地域おこし協力隊のみなさんは重要な人材だと思っています。氷見にも15名くらいいらっしゃいますが、課題解決の方法のひとつはマッチングだと考えています。

例えば氷見市の課題のひとつとして「市民の憩いの場がない」ということがありました。観光客が集まる買い物スポットはあっても、地元の人たちが集える場所が少なかったんです。そんな中、新しく氷見市芸術文化館という文化ホールができました。そこで、このホールをどう活用していくか、ということが議論されてきました。

まず、地域おこし協力隊の中に有機農業をやっている方がいたので、ネットワークで声がけしてもらって有機野菜の市場を開くことにした。また、地域おこし協力隊として移住してきた芸人さんには、広報のお手伝いをしていただいています。

自治体の課題とプレイヤーたちの間はマッチングのチャンスをつくり、まずはお互いにコミュニケーションをしていくことが重要かなと思います。

篠原 では、反対に人材を育てる側である、経営者の方にもお話を聞いてみたいと思います。磯部ガーデンの櫻井社長、今群馬県が抱えている問題なども含めてお話いただけますか。

櫻井 磯部ガーデンという旅館の社長、また温泉組合の組合長をしている櫻井です。私も、小さなことですがまちづくりを続けてきました。私は、ずっと死ぬまでこの場所にいるんだと思っています。会社が潰れない限り(笑)、ずっと活動を続けていく。

鳥塚社長にお伺いしたいことがあります。いすみ鉄道から、えちごトキめき鉄道に移る際、ご自分が種をまき、育て上げた場所を卒業することになったと思うんです。そのあたり、どのように感じていましたか?

鳥塚 私がいすみ鉄道にいた時は、よく悪口を言われていたんですよ。「いすみ鉄道は鳥塚がいなくなったら、またダメになる」と。でも鉄道会社って、社長が変わってダメになるようではいけないんです。

当時、いすみ鉄道は、市議会議員の半分には「赤字だからいらない」、もう半分には「高校生のために必要だ」と言われているところでした。そこに私が呼ばれて社長になったわけですが、いろいろな展開をして特産品が売れるようになり、テレビが来て、地域が賑わってきても、なかなか黒字にならないんですよ。私は経営者として能力が足りていないんです。

私は、赤字は大したことではないと思っています。でも、税金ですから、市長に「すみません、今年も赤字なんです」と話したところ、「そんなこと気にするな、いすみ鉄道の価値があることは分かっているから、安全に走っていてくれ」と言われたんですね。

その時に、この鉄道は私がいなくなっても残るなと思ったんです。これが潮時だろうと。9年かかりましたが。自分が育てたという気持ちは確かにありますが、所有物ではないので。そういう形で、自分自身で納得しているというところですかね。

篠原 ありがとうございました。せっかくですので本日ご参加の皆様からのお悩みをお聞きしたいと思います。

 安中市の秋間梅林で梅を育てている地域おこし協力隊の黛と申します。みなさんそれぞれ挑戦的な取り組みをされてきたと思うのですが、実現に向けて進むなかで、自分だけではなく、周りを巻き込むような力があるように感じました。そこで、チームを作る上で、どんなことを大切にしているかを聞いてみたいです。

下苧坪 僕は、すごく明確です。自ら「ビジョン」を持って発信するということです。知られていないと価値はゼロ。「ビジョン」をしっかり持った上で、それを周知し徹底していくことが大切だと思っています。行政が変わる瞬間というのは、我々が発信し続けたビジョンに行政が共感したときなんです。

また僕は、「モチベーション」という言葉は不要だと思っています。「ビジョン」を持って、借金というリスクを背負って、何年後にゴールできるのか。ゲームのような感覚で、ダメだったら仕方ないなという気持ちで楽しくやっています。今後も資金調達するタイミングがありますが、やはりそのような経営者でないと投資はしてもらえません。

篠田 私は毎朝神社に立ち寄り、「今日も氷見市のために力を尽くします、気づきをください」とお祈りしています。そして、いいと思ったことは即動く。逆に、気づきを感じられない鈍感なアンテナ状態であるならば、その時は辞め時なのかなと思っています。

鳥塚 「自分だったら、この商品を買うか?この旅館に泊まるか?この食堂に入りたいか?」ということを考えてみてください。私はいま、急行電車の運転席に座れる体験を商品として売っていますが、食事も出なくて27,500円です。でも満員になるんです。また、線路の石を缶詰にした商品も8,000個売れました。

同じ価格で、「そんなものいらない」という人もいれば、「安いですね」という人もいる。顧客心理をつかむことが大切です。

コロナ禍でわかったことは、「観光」というのは「不要不急」であるということ。つまり、みなさんは「なくても困らない商品」を売っているんです。でも反対に、生活に必要なものは、価格競争が起こりやすくなっている。牛乳が1本5,000円だったら売れないけれども、プレミアムな日本酒は5,000円でも飛ぶように売れている。不要不急のものだからこそ、高い価値をつけられるんです。

篠原 最後に、ご登壇いただいた3名の方から一言ずつ受講生に対して、エールを送っていただきたいと思います。

下苧坪 リーダーというのは、明確なビジョンに向けて牽引する人です。牽引される側はリーダーではありません。観光は「光を観る」と書きますが、ではその光は何なのか、ということを示せる人がリーダーだと思うんですよね。群馬の光とは何か、岩手の光とは何か。

日本がこれから経済を作っていけるのは、もう「食」と「観光」しかないと思っています。まだ余力が残っている分野は、本当に食と観光だけ。ぜひ洋野町とみなさんの地域とで連携することができたら、大変嬉しいなと思っています。

篠田 「リーダーとは希望を与える人である」。ナポレオンの言葉です。まずは地元のお宝と課題を見える化することから始めてみてはどうでしょう。例えば昨日、私は初めてこちらに来ましたが、その時いただいたこんにゃくは本当に美味しかった。しかし、地元の人こそ、こういった地元の良いものの価値を相対化して見ることが難しいでしょうから、そこでよそ者の意見を拾うんです。

また、地域の課題を自覚して、何が足りないかをリストアップできるくらいにしておくこと。これが大切ですね。すると、何気ないところで協力者に出会えるものです。ぜひ、ご縁を大切になさってください。

鳥塚 なんといっても、楽しむことですね。面白いことをやったほうがいいですよ、どうせやるんだったら。人は楽しそうなところに集まるんです。「観光客が減っていて、人口も少なくなって、嫌だな」と言っているところには誰も来たがりません。あいつらバカじゃないか、誰がこんなものを企画しているんだと言われるようなところに、人は来ます。

だから、良かれと思ったら自分たちでやってみる。楽しそうな仕組みを作る。そうすれば、群馬県が楽しそうな県に見えてくるんです。行ってみたいなと思ったら、来てくれますから。ぜひ頑張ってください。

篠原 ありがとうございました。今、群馬県の観光も未来に向けてリスタートする大事な時期だと思います。我々4人も、群馬県とは不思議なご縁で繋がり、ここに辿り着いています。みなさんも今後、益々人脈を広げながら、地域間連携を大切にし、群馬県の新たな魅力づくりに大いに活躍してください。本日はありがとうございました。

登壇者

篠原 靖 跡見学園女子大学マネジメント学部 観光マネジメント学科准教授

内閣官房地域活性化伝道師として、全国各地で新しい観光プログラムの開発や人材育成セミナーを担当し、広域観光圏やDMO組織構築、インバウンド戦略、アフターコロナ後の新たな観光産業のビジネスモデルの構築等を手がけている。群馬県観光審議委員や省庁の委員、全国各地の観光関連委員等を多数歴任。

鳥塚 亮 えちごトキめき鉄道株式会社 社長

東京都出身。大韓航空を経てブリティッシュエアウエイズ(英国航空)勤務。成田空港で旅客運航業務に従事。2009年、49歳の時にいすみ鉄道公募社長に。ローカル鉄道を使った地方創生を実践。2019年、新潟県のえちごトキめき鉄道の社長に就任。地域と一体となった経営を実践している。

篠田 伸二 富山県氷見市副市長/元TBSプロデューサー

故郷は岐阜県郡上八幡。TBSテレビで30年。番組制作、イベントプロデュース、プロ野球ビジネスなどの傍ら、親を失くした子どもの教育支援ボランティア活動など。それが高じて映画製作&監督業を4年。2020年3月より富山県氷見市に移住。

下苧 坪之典 株式会社北三陸ファクトリー 代表取締役CEO

岩手県洋野町出身。大学卒業後、自動車ディーラー、大手生命保険会社を経て、生まれ故郷で2010年に水産ベンチャーを創業。Made in Japanのホンモノ食材を武器に国内外に展開中。”サステナブルな水産業を創造 する”をライフワークとする。エクストリーム・カンファレンス Industry Co-Creation(ICC)サミット KYOTO 2022 Session 8A 「CRAFTED CATAPULT 豊かなライフスタイルの実現に向けて」優勝。