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【熱源な人】みなかみの自然をぎゅっと閉じ込めたエッセンシャルオイルを手がける Licca 長壁早也花さん・総一郎さん

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道なきところへ一歩を踏み出し、自分の道を切り開いた人の心には、ふつふつと湧き立つ熱がある。黙々と働くあの人の中にも静かに宿るその熱が、社会を変え、未来をつくる原動力となる。湯けむりフォーラムでは、群馬において様々な分野で活躍する人々にフォーカスし、その動機や、これまでのストーリーを深掘りして伝えていきます。その人自身が熱源となり、誰かの心を沸き立たせるきっかけとなるように。

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雄大な山々に囲まれ、広大な森と利根川の源流を擁する自然豊かな群馬県みなかみ町に、その自然を凝縮したような香り製品をつくる蒸留工房Liccaがあります。手掛けたのは関西出身の長壁早也花さん・総一郎さん夫妻。みなかみの自然と人の良さに触れてこの地を選び、移住して立ち上げました。

Liccaのブランドコンセプトは「めぐる自然、つなぐ香り」。原料にはみなかみの湧水と木々を使い、自然の力のみで香りを抽出。山の手入れから蒸留、販売まですべて自分たちで行っています。今後は設立当初から構想していた海外への技術移転も進めていく予定です。

活動を広げるお二人に、事業を始めたきっかけや今後の展望、みなかみの自然の魅力など、詳しくお聞きしました。

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みなかみの自然を凝縮した香り製品

Liccaの世界観が表現されたお店には、エッセンシャルオイルやディフューザー、ルームミストなど、さまざまな香りの製品が並んでいる。まずは早也花さんにお店を案内してもらう。

「みなかみの山で採れる木々の枝葉から香りを抽出し、製品に使っています。定番で用意しているのは、KOS、SISU、FIKAの3種類です。ご自身の心と体が求めている香りを、直感が選んでくれると思うので『一番心地いい』と思うものを選んで欲しいですね」

KOSはモミとヒノキのすっきりとした香り。SISUはジンジャーやジュニパーがブレンドされた甘い香り。FIKAはモミやベルガモットの爽やかでバランスの良い香りが特徴。

少しスパイシーな香りもあれば、柑橘系の甘さを感じるものも。季節や気温、その時々の気分や場所などで使い分けたいラインナップだ。どの商品もLiccaで蒸留したエッセンシャルオイルをベースに、さまざまな香り成分を調合してつくられている。

香りのベースとなるエッセンシャルオイル自体も販売している。一般的なアロマショップではあまり見ない珍しい香り「モミ」は、爽やかな雰囲気。「ヒノキ」は抽出に使用する部位が幹なのか葉なのかによって、香りの仕上がりが全く違って面白い。

それぞれのエッセンシャルオイルが木に染み込ませてあり、試しに嗅ぐことができる。

「オイルを垂らして使うウッドディッシュは、近くのカスタネット工房の職人さんにつくっていただいたものです。みなかみはカスタネット発祥の地。音が響くカスタネットの形状を生かして、真ん中にオイルを垂らして使います。香り袋も地域の工房の方が『こんなのどう?』とつくってくれて。香りを通じて多くの方と繋がりをつくれるのがとても嬉しいですね」

オイルはウッドティッシュに垂らすだけでなく、岩塩や重曹と混ぜてお部屋に置いたり、コットンに垂らしてクローゼットに入れても良い。好みの香りを見つけて、自分の生活にうまく取り入れたい。

右の箱に入っているのがウッドディッシュ。エッセンシャルオイルとのセットでも販売している。

自然を求めてたどり着いた土地、みなかみ

関西出身の二人がLiccaを立ち上げたのは2020年。店舗を構えたのは2022年のこと。ここからは総一郎さんにも加わっていただきお話を聞いていく。

「町を知った最初のきっかけは、みなかみ出身の知り合いに案内してもらったことでした。きれいな景色が特に印象に残っていましたね。飲食店に入っても優しい人が多かった。住む環境としても、事業をする環境としても良くて。住み始めてからは、自然の中で暮らしている、ということを実感できる日々です」

もともと店舗を持つ予定はなかったけれど、工房を訪ねてくれる人が多く、もっとしっかりブランドの世界観を表現したいと考えるように。

町の人たちに手伝ってもらいながら、自分たちで改装した。

「シンクは大家さんがくださり、ストーブ周りも大家さんの知り合いの方が、木でつくってくださいました。不思議ですよね、ここには自分たちでものをつくる方が多いので、すぐに手伝ったり道具を貸してくださったりして。本当に助けられました」

「今までは『今日は暖かいですね』とかって社交辞令の言葉でしかなかった。でもここでは、山の景色を見て、自然と共に生活しているからこそ、心からそういう言葉が出てくるんですよね。地域の方との会話から、ちょっとした自然の変化に気付ける。ここの人は、稲穂の金色や紅葉した葉の色づきの良し悪しを、きちんと理由をつけて説明できるんです。『今年は気温がこうだったから、紅葉の色づきがイマイチだなあ』とかって。それってすごいことだなと思うんです。そういう暮らし方が自分たちにとって、とてもかっこよく見えて。そんなふうに、季節を感じながら、自分たちも歳を重ねていきたいなと思います」

「めぐる自然、つなぐ香り」を実現するオイルづくり

エッセンシャルオイルのつくり方も教えてもらった。

「森から伐ってきた大きな木を機械で粉砕して、釜にかけます。水蒸気蒸留法という方法で、ポタポタと少しずつオイルが抽出できる仕組みです。化学薬品は使わず、自然の力だけで香りを抽出する方法なんですよ。蒸留するのに必要不可欠な水は、みなかみで採れる湧水を使っています」

豊かな自然を生かして、できる限り土地のものを使って循環をつくりたいと話す。

「この土地の水を吸って育った木々を使うので、蒸留の水もこの土地のもののほうが、きっと合うなと。オイルを抽出した後のチップも、地域の人が、畑のぬかるみを防止するためのマルチとして代用してくださって。自然のものが、また自然に還っていく仕組みをつくっています」

海外での経験が、香りの仕事を選ぶきっかけに

お二人が香りの仕事に関わることを決めたきっかけは、意外にも青年海外協力隊での経験だったそう。

「僕はもともと、人の健康に携わりたい、という思いがあり、製薬会社で営業をしていました。その後、青年海外協力隊で東ティモールに行き、保健医療分野の活動を2年半行って。そこで気付いたのは、衣食住や医療が揃っていることはもちろん大切だけど、それで人の人生が幸せで豊かかどうかは、決してイコールではないということ。東ティモールは、日本と比べれば、死が近い国ではあるけれど、その反面すごく楽しそうに生活をしていて。人生で、あってもなくてもいい余白の部分を、どう満たすかで幸せの度合いが変わると感じたんです。その後、早也花と話すなかで香りに魅力を感じ、仕事としてスタートさせたい、と考えました」

「私は母親が家でアロマオイルを使っていたり、庭で花を育てていたりと、香りは割と身近な存在でした。青年海外協力隊では、ラオス南部の児童館で情操教育を行う活動を経験して。ピアノの指導をする予定でしたが、行ってみると現地にピアノがなく、日本の資金で導入しても自分が帰国したあとを思うと、無駄になると思ったんです。ラオスに即したもので、子どもたちの教育ができたら、と模索する日々でした。そんななかで、子どもたちが木に登って花を摘み、女の子の髪飾りにして遊ぶ様子を見て、たったこれだけでも人の気持ちが明るくなるんだなって。何もないけど自然があるんだ、ってことに気がつきました。そこでピンときたのが、香りづくりだったんです」

ラオス滞在中から香りの勉強を始め、帰国後アロマの資格を取得。いつかラオスに戻って、地域の方と香りのビジネスを展開しながら、子どもたちの情操教育の資材としても、香りを活用していきたいと考えている。

また、早也花さんはラオス滞在中、香りに助けられたそう。

「本当に小さな村だったので、日本人がほかにいなくて心細かったんです。娯楽もなく、本も荷物になるので持っていけなくて、夜眠ることができなくなりました。そんなときに、母が送ってくれたのがアロマオイルでした。香りって無くても生活はできるけど、あるとちょっと自分がほっとできたり、明日も頑張ろうと思えたりする。香りがそんなきっかけをつくってくれると身にしみて感じた経験でした」

それぞれが海外経験を経て感じた思いを胸に、事業を実現するため、みなかみの土地でエッセンシャルオイルづくりに取り組み始める。

自伐型林業のチームで取り組む森林保全

香りづくりの第一歩は、木を伐るところから。総一郎さんは、地域の自伐型林業チームに所属している。

「木を伐りに行くのは、僕が所属している自伐型林業チームの活動拠点で、お店から車で20分圏内の近隣エリアです。杉や赤松、もみの木やアブラチャンの木が生えていて。趣味やボランティアでやっている方々ばかりで、週末に集まり、山を整備しています。そこで伐り倒した木を使って、アロマを抽出しています」

木を伐りはじめた頃は、種類や名前など、全くわからなかったという。伐るうちに、木々を意識し始め、違いがわかるようになったそう。

「木を伐るのは、会社員時代のデスクワークと比べると、人間本来の行動をしているように思えて楽しいです。自分の命を守るために、木をどっちに倒そうか重心を見極めたりしていると、すごく生きている感じがしますね。最近は東京に行くと疲れてしまって、みなかみの雪山を見ると、生きてるなあって、ほっとします」

自伐型林業の取り組みは広がっていて、みなかみでは15程度のチームが組まれているという。この町に引っ越してきて、自伐のための団体を立ち上げる人もいるんだとか。山の整備をすることで、豊かな自然環境を守っていく。

創業のきっかけをくれた途上国に、自身の技術を還元したい

自分たちの手で材料の調達から、オイルの抽出、販売まで手がけるという一連のビジネスモデル。立ち上げから数年経ち、事業をきちんと回せるよう、ある程度の見通しが立ってきたという。最後に、そんなお二人の今後の展望を伺う。

「私たちに創業のきっかけをくれたのは、途上国での経験です。自分たちの技術を、途上国に移転して、現地の方に楽しんで取り組んでもらえたらと考えていて。早ければ今年の8月頃にプロジェクトをスタートする予定です」

フィリピンの大学と協定を組み、最初はハーブから蒸留して、市場に流したり、Liccaが買い取って販売したり、といったことも視野に入れている。

「大きな釜を使って、ガスや電気を使うのが一般的な方法です。でもその設備をつくるには高額な資金が必要ですし、現地の人が自分の手で整備して使い続けられるものの方がいいと思って。火をおこすのは僕たちよりもよっぽど上手いですからね。現地のホームセンターでも購入できる材料をもとに、メンテナンスしやすい環境をつくっています」

海外への技術移転という大きな展望のほかにも、この場所でやっていきたいことが少しずつ増えている。

「今、地域の小学6年生と取り組んでいるのは、卒業制作のウッドディッシュと香りづくり。子どもたちにとっても、地域の自然や林業について考えるきっかけになります。自分たちで山に入り、選んだ木を間伐して。木をのこぎりで切り、蒸留場でオイルの抽出も経験します。自分たちの選んだモミの木が、細かく砕かれる機械に入るとき『バイバーイ』と声をかける子どもたちの姿が可愛かったですね」

店舗には地域で関わった子どもたちも訪れることがあるそう。今後はメインの香り3種に加わる新たな香りを開発して展開したり、店舗に訪れた方にもっと楽しんでもらえるような取り組みを考えているんだとか。

「アロマって、女性が好むものっていうイメージがあるかと思いますが、店舗には男性のお客様も4割ほどいらっしゃいます。地域の子どもたちも来てくれる。せっかくこの場所にお店をつくったので、地域の豊かさや、アロマの魅力を発信できる場所にしていきたいです」

みなかみという町で、自然を循環させながら事業に取り組むお二人。つくる側と使う側、両者の視点をしっかりと持ったものづくりで、ビジネスに繋げながらも、みなかみの自然を守ることも忘れない。

壮大な自然が小瓶の中にぎゅっと詰まっている、Liccaの製品たち。ぜひ一度手にとっていただきたい。 

ライター:今井夕華  撮影:市根井 直規

登壇者

長壁早也花/長壁総一郎

長壁 早也花(おさかべ さやか)
大学院修了後、JICA海外協力隊としてラオスの児童館に勤務。子どもたちとの交流や現地での生活に触れたことを機に香りを学び始める。現在は県内外の企業の調香や地域の学生へ香りを使った教育活動もおこなっている。AEAJ認定アロマテラピーインストラクター、AEAJ認定環境カオリスタ。

長壁 総一郎(おさかべ そういちろう)
製薬会社を退職しJICA海外協力隊として東ティモールで保健医療活動に従事。帰国後は大学院へ進学したがビジネスによって国際協力に関わりたいと考えるようになる。妻の考える香りの魅力が自身の想いとリンクしLicca創業に至る。