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【熱源な人】絵本屋を営み、「たかさき絵本フェスティバル」を創設し、子育て支援活動も行う、時をつむぐ会・續木美和子さん

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道なきところへ一歩を踏み出し、自分の道を切り開いた人の心には、ふつふつと沸き立つ熱がある。黙々と働くあの人の中にも静かに宿るその熱が、社会を変え、未来をつくる原動力となる。湯けむりフォーラムでは、群馬において様々な分野で活躍する人々にフォーカスし、その動機や、これまでのストーリーを深掘りして伝えていきます。その人自身が熱源となり、誰かの心を沸き立たせるきっかけとなるように。

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高崎市中居町の住宅も多い通りに「絵本と童話 本の家」はある。赤く塗られた外壁や茶色の扉は木製。一歩足を踏み入れると、絵本や玩具がぎっしりと詰まった棚が並ぶ。手書きのポップもあちこちに貼られ、置かれている本の1冊1冊すべてに愛情が注がれていることがわかる。

店主の續木美和子さんは、絵本や児童文学を通して子どもの成長と地域文化の発展を図るNPO法人「時をつむぐ会」の会長であり、今年第29回を数える絵本原画展「たかさき絵本フェスティバル」を立ち上げから支えてきた人物。穏やかそうな印象ではあるが、その内にあるエネルギーはとても大きい。

エリック・カールを高崎に呼ぶ

「たかさき絵本フェスティバル」では、製本された絵本では伝わりきらない原画の魅力を子どもや親に体感させることに注力を続けてきた。2000年に開催した『エリック・カール絵本原画展』。カール氏の代表作「はらぺこあおむし」は世界中で長年ベストセラーでありつづける絵本だ。美和子さんが語る。

「エリック・カールは貼り絵だから、絵本を知っている人でも原画を見ると驚くんだよね。原画展をやりたいってずっと思っていたら運よくチャンスが巡ってきて。アメリカに行って直接彼に頼めば来てくれるかもしれないって話になって調子に乗って行って、それでカールさんのおうちに泊めてもらって」

「私全然経歴のない人だから・・でもその時猫がいたのね。その猫は嫌な人が来ると出ていっちゃうんだって。野良猫なんだって言うんだけど、その猫がずっといたのね。カールさんはそれで私を信じたって言ってくれて」

カール氏に「なぜ東京での開催ではなく高崎なのか?」と聞かれた時、運が良いことにその場に居合わせたカール氏の秘書が高崎と縁深い実業家・井上房一郎氏の血縁の女性だったことも後押しとなった。高崎市政100年のタイミングにも乗り、カール氏も来日した原画展は来場者2万人という大盛況を博した。2,000万円程になった開催経費は、市からの補助では全然足りなかったが入場券の売り上げでペイできた。「本もすごく売れて、本当にクリアできたんです。いっつもね、大丈夫なの」美和子さんはにっこり。

一方で、店を開いていると色々な来客がある。ある日、幼子を抱きかかえたお母さんが「本の家」に来店。将来立派に育ってほしいので医者に関する本を読ませたいのだという。その時、エリック・カール氏の写真が目に留まり話をする中でそのお母さんは「はらぺこあおむしってどこが良いんですか?青虫が蝶々になるだけの話ですよね?」と話したという。美和子さんはひっくり返りそうになりつつも、その人に対して何を言えば良いか迷ってしまった。

絵本に触れない幼少期から、絵本専門店経営、絵本原画展に至るまで

絵本の魅力を伝える活動を長年エネルギッシュに続けてきた美和子さんではあるが、子どもの頃から絵本がそばにあったわけではない。「本の家」はもともと高崎駅西口近くにあり、美和子さんはお客の一人としてその店に通っていた。店を知る前はディズニーの絵本くらいしか馴染みがなく、店に並んだ名作とされる絵本を見て、こんなに地味な本で子どもが喜ぶの?と疑問に思った。幾度か足を運び、自分に子どもができたことで関心が一気に高まり、お祝いの度に絵本を買い集めるようになった。

双子の娘たちが5歳になった時、当時のオーナーから店を閉めるという話を聞いた。そのタイミングで美和子さんは店を買い取り絵本店経営へと乗り出すのだが、店をはじめた一番の理由は夫が会社に行きたくないと言ったから、だという。

「それまでは主婦だったんです。楽しく子育てをしてたんですね。お父さんは夜中まで働いているし、日曜日は疲れ切って寝ているし、お金だけもってきてくれて本当に楽だったんです。本の家が閉める話を聞いて、その店を私たちでやればいいんだってお父さんに言ったら、すぐに会社をやめちゃって。でも店を始めたら・・本当に本が売れないの」

生活は一変し、續木家はすべての貯金を使ってしまうほどの貧しさに。その時、店に出入りしていた出版社の営業から言われた「もっと種まきしなきゃダメだよ」という言葉が、その後の美和子さんの行動を変えることとなる。『ぐりとぐら』等の名作絵本を出版する福音館書店が社外講師を呼んで幼稚園や保育園の父母に絵本の大切さを伝えていることを知ると、つてを頼りに高崎での講演会を企画。それを続けるうちに絵本の原画展をやってみないかという話が来た。当時「高崎シティギャラリー」が出来たことも開催の要因となった。その原画展が回を重ね現在の「たかさき絵本フェスティバル」へと成長していった。

絵本専門店を営み、28年もの間絵本原画展を継続させる。精力的な活動を行う彼女にとって、絵本の魅力とは何なのだろうか?

絵本が子どもを引き付ける理由、読み聞かせの大切さ

時をつむぐ会のパンフレットには、絵本原画展のあゆみが掲載されている

「1995年に行った第1回絵本原画展は3人の女流画家特集。『100まんびきのねこ』で知られるワンダ・ガアグさんは絵本を初めに作った人って言われてるのね。全部をペンで描いててその黒は印刷屋でもガアグの黒って言われるくらいなんだけど、原画展をはじめるにあたって大学の先生と運営メンバーのみんなとでそういう勉強をしました。マリー・ホール・エッツの『もりのなか』もこんなに白黒の絵本は子どもにどうかなと思っていたんだけど、原画展で3歳の子どもがこの本を買ってほしいって泣いたのね。わかるんだーって」

原画展では、表紙や裏表紙も含め1冊の本に使われるすべての原画を展示することにこだわっている。印刷された本ではなく、絵画として見てもらいたいという意味を込めて。

「第2回は、林明子さんの原画展。来場した人が感想文を残してくれたんだけど、『はじめてのおつかい』の原画の前に立ったら、亡くなったお母さんがそれを読んでくれた時の声が聞こえてきて、涙がじゃーじゃー流れたって。原画の力ってすごいなって思ったんですよね」

絵本そのものだけではなく、読み聞かせの大切さも説いてきた。

「本を読んでもらうことは、私はされたことがなかったけど、耳で聞くということ、抱っこして子どもの温かみを感じながら読んでやるってことは、一生の宝なのかなと」

学校の先生が生徒に本を読み聞かせることの大切さについてのエピソードを聞いた。今は先生が忙しくなりそのような機会も少ないが、小学4年生の学級崩壊をしかかっているクラスで、そのクラスにあてがわれた先生が本を読みはじめた。はじめは「俺たち幼稚園児じゃないんだぜ」とヤジを飛ばす子どももいたが、やがて教室は静かになり、その物語を聞き入るようになった。

そのクラスで最後の遠足に行った時、映画化もされた「ナルニア国ものがたり」の中の「ライオンと魔女」という難しい本を先生は読み聞かせた。帰りのバスの中、クラスの中でも一番騒がしい子どもがマイクを手にとり「物語をつくったから」と話しはじめた。先生は魔女、誰々はルーシ―と、友人の名も上げて自らが創作した物語を語った。

「読んで聞かせてもらうのって、自分で字を追っているのとは違うから想像できるんだよね。多分、荒れているクラスだから感性の強い子どもが多かったのだと思うけど・・ひとつの世界に入れるっていうか」

ケルナー広場の誕生、親子が生き生きできる場所

高崎駅近くにあった「本の家」は都市開発により立ち退きを強いられ、1989年に中居町に現在の店舗を開いた。絵本が並ぶ書店スペースの奥には、複数人が集まってミーティングができるスペースがあり、色々な資料や掲示物であふれかえっている。

NPO法人「時をつむぐ会」を立ち上げ、原画展と並行し美和子さんが行ってきたのが子育て支援のための「ぴよぴよの会」の運営だ。はじめは、読み聞かせの勉強会として店に通うお母さんたちを中心に作られた会だった。今でこそ子育て支援の場所や取り組みは高崎市内各所にあるが、当時はまだほとんどなかった。運営継続のために会費制とし自主的な参加を求めた会は会員数も増え、現在は子どもの成長に何が大切かを広く考え実践する場となっている。

その活動の場として欠かせないのが、観音山公園にある「ケルナー広場」だ。ドイツの遊具デザイナー、ハンス・ゲオルク・ケルナーさんがデザインした、他の公園では見たこともない形・色の遊具が並ぶ広場で、入場料は無料。その誕生にも、美和子さんの行動力は欠かせなかった。

「ケルナーさんが吉祥寺で行った来日講演を聞きに行った時、日本では遊具のシーソーが危ないから全国からなくなるという頃だった。彼が言う、世界中探しても100%安全な遊具などはない。大事なのは、子供の危機回避能力を養うことだ、という彼の話を聞いてすごく感動してしまって。講演後、この人を高崎に呼ぼうと思って、私ドイツ語できないから、通訳さんが段の上にいる時に走っていった」

当時美和子さんが高崎経済大学の教授や学生に交じり場の活用を考えていた観音山の遊園地・カッパピア跡地にケルナーさんの遊具を導入したいと市に熱望。ケルナーさんもその場を訪れ、その場所に合った遊具を一から作っていった。それは、10年以上をかけた一大プロジェクトとなった。

ケルナー遊具は、滑り台の階段が斜めになっていたり、一見どう遊んで良いのかわからない遊具もあるなど、他の公園とは一線を画す。常時スタッフを置いているが、危険性を指摘してクレームを入れる親もいるという。

「滑り台は、最初は上と下で大人の見張りをつけたの。あぶないと思って。でもスタッフの一人がこれで良いのかなって。子どもが自分で考えなきゃいけないんじゃないかって。ある時から辞めたんですね。そうしたらやっぱり子どもが、行くよーとか声をかけながらやっている。擦り傷を作ったりたんこぶを作ったりはありますけど、深刻な事故は一回もないんです」

ケルナー広場で毎週月曜日に行っている「青空ぴよぴよ」は申し込み不要で初回のみ登録料300円を支払う。子どもをどう遊ばせたら良いか迷っている親子連れにも好評だ。

「今、特性を持っている子どもがいるじゃない。じっと座っていられないとか。そういう子が多く来るんだけど、幼稚園とか保育園では歩き回ったりする子も、公園だったら全然平気。遊んでいるうちにかなり良くなっていくわけ。体幹ができてくる。お昼を出しているのは、離乳食をコンビニで買わずに自分で作ることを教えたいから。普段野菜を食べない子が、出汁に使ったニンジンや大根を喜んで食べるようになったと言ってくれるお母さんもいて、そういうことを広めたいって思うんですよね」

絵本は子どもが出会う最初の文学であり芸術である

第6回絵本原画展『エリック・カール絵本原画展』での様子を映した写真。

「この事って世の中にすごく言いたいんだけど、世の中で男性と同等に働いている優秀な女性たちが、結婚して子どもが生まれて仕事を休むじゃない。産み終わったらまた会社に来いって言われるんだけど、子育ての方が楽しくなるんだよね。それでうちの活動に関わるようになって、優秀なスタッフになる」

時をつむぐ会の活動は、子どもに良いものを与えたい、良いことを広めたいというお母さんたちの受け皿にもなっている。今では美和子さんが絵本を読み聞かせた娘、あかりさんも店や絵本フェスティバルの運営に関わっている。あかりさんは絵本や書籍のみではなく映画にも興味を持ち、高崎映画祭のスタッフにもなった。美和子さんは、高崎で文化活動を展開する意義をこう語る。

「昔は、美術館で絵を見るのは東京まで行けるお金持ち、限られた人にしかできないことだったのね。高崎で原画展をやれば、東京まで行かなくても家族で行けるわけじゃない。それってすごい必要なこと。絵本フェスティバルのチケットを1枚1枚売るのは大変なんだけど、スタッフが預かって売りまくってくれるの。文化を買ってくださいという気持ちでやっています。これが売れなくなった時はもう文化がなくなると。そういう思いで30年近く続いてる」

「絵本は子どもが出会う最初の文学であり芸術である」という言葉は、時をつむぐ会が設立から合言葉として大切にしてきた言葉だ。

「エリック・カールのはらぺこあおむしってどこが良いんですか?って言うお母さんって、以前の私だと思うの。でもきっと変わる。その面白味っていうのがわかった方が、生きていくのは楽だなって思う」

本の家の木の戸が開いた。探し物は、ここにある。

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第29回絵本原画展 たかさき絵本フェスティバル

2023年1月21日(土)~1月31日(火) 高崎シティギャラリー

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ライター:岡安 賢一(岡安映像デザイン)、撮影:市根井 直規(合同会社ユザメ

登壇者

續木 美和子 NPO法人「時をつむぐ会」会長

北海道出身。高崎市在住。

1983年に高崎市の子どもの本専門店「本の家」を引き継ぐ。

1988年に同市中居町に「本の家」を移転。

1994年にNPO法人「時をつむぐ会」を結成。

1995年より絵本原画展(現在の「たかさき絵本フェスティバル」)を毎年開催。