- REPORT
【熱源な人】南インドから移住し、「毎日食べられるスパイス料理」をつくる『イエロームング』クンドーリ・ビジェイクマールさんと竹内麻優子さん
道なきところへ一歩を踏み出し、自分の道を切り開いた人の心には、ふつふつと沸き立つ熱がある。黙々と働くあの人の中にも静かに宿るその熱が、社会を変え、未来をつくる原動力となる。湯けむりフォーラムでは、群馬において様々な分野で活躍する人々にフォーカスし、その動機や、これまでのストーリーを深掘りして伝えていきます。その人自身が熱源となり、誰かの心を沸き立たせるきっかけとなるように。
群馬県では珍しい、南インド料理が楽しめる「yellomoong(イエロームング)」というお店が太田市にある。インドは北と南で料理の特徴が大きく異なる。日本のインド料理店はほとんどが北インド料理だが、ここで提供されるのは、南インド・バンガロール出身の店主が作る「毎日食べられるスパイス料理」だ。
ナンとは異なり、ベースに米と豆を使った軽い食感のドーサ、小麦を全く使わないカレー、滋味深く色鮮やかな副菜。決まったメニューはなく毎週水曜日のビリヤーニ以外は完全に日替わりだが、ランチ営業の開店時点で満席となる日も多い人気店だ。
お店を営むのは、クンドーリ・ビジェイクマールさんと竹内麻優子さん。飲食店での経験があったわけではなく、群馬県出身でもない二人が、ここ太田市でイエロームングを開業するに至るまでの道のりを伺った。
「イエロームング豆」を使ったラップサンド専門店としてスタート
ーこの場所でお店を始めたきっかけについて教えてください。
「お店を始めたのは約4年前の2018年ですが、それより前から『いつか料理系のことができたらいいな』と思っていました。ただ、場所的にも金銭的にもハードルが高くて、なかなか動けないままでいたんです。そんな時に、日ごろからお世話になっていた前職取引先の社長に相談したところ、『ちょうど太田市で開業の補助金が出ているみたいだよ』と教えていただいて、『思い切ってやってみる?』というところから突然始めたんです(笑) なので、いろいろと準備して徐々に徐々にというより、一気に決めて進めたので、最初はとても大変でしたね」
「どんな料理を提供するのかも、お店をやると決めてから考え始めたんです。その中で、ラップサンドがいいんじゃないかという話になりました。それから市販のトルティーヤを使ったりクレープの生地にスパイスを練り込んでみたり……といろいろ試したんですけど、どれもしっくりこなくて。そこで思いついたのが、お豆を使うことでした。というのも、インドではお料理にお豆をたくさん使うんです。いろんなお豆で試作したところ、お店の名前にもなっている『イエロームング』が一番美味しかったので、その生地を使ったラップサンドでお店を始めることにしました」
ーそこから、現在のスタイルになったのはどうしてですか。
「接客もそうなんですけど、経営に関しても素人だったので、ラップサンドの値段設定を安くしすぎてしまって……(笑) 営業する中でラップサンドだけではお店が回せないと感じてきて、週に1回カレーやビリヤーニ(※)を作って提供するようになり、いつの間にかそっちがメインになったんです。いつ頃そうなったのか覚えていないくらい、自然にシフトしていましたね」
※ビリヤーニ…インドや周辺国で食べられている、スパイスと肉を使った炊き込みご飯のような米料理
毎朝考えるのは、「自分たちのご飯」。
ー現在は日替わりでお料理を提供されていますが、毎日違うメニューを考えるのは大変ではないですか?
「大変じゃない。楽しいですよ。毎朝『今日は何食べようかな』『これとこれが合うかな』って考えながら作る。毎日同じもの食べたくないじゃないですか。だから、自分たちが食べたいものを作るんですよ。作るのも楽しい。作品を作ってるみたいな感じですね。メニューとかレシピはないけど、『寒いからクミンを多めに入れよう』とか、『元気になるスパイスを入れよう』とか、その時々で自分が作りたいものを作ってるんですよね」(クンドーリさん)
「お出ししているお料理は自分たちのご飯でもあるので、必然的に日替わりになってしまうというのもありますね。お客さんたちは大変かもしれないけど、『なんでも美味しいから』と来てくれる。とってもありがたいです。だから、今日はどんなメニューでどんな食材を使っているのか、なるべくわかってから来られるように、SNSを使ってお料理の写真を皆さんに共有しています。全部作ってから写真を撮るのでギリギリになっちゃうこともあるんですけどね(笑)」(麻優子さん)
ー特によく作るとか、これが好き、というものはありますか?
「ラッサムですかね。タマリンドという酸味のあるフルーツを使ったカレーで、南インドでは日常的に食べられているものです。あっさりしていて食べやすいので、頻繁に作って食べています。本場インドのラッサムはもっとサラサラしているんですが、うちでお出ししているものは彼の好みに合わせて少しアレンジしています」(麻優子さん)
「普通のラッサムは水っぽいですよね。だからあんまり好きではないです。お米もバスマティライスだけではパラパラしすぎるので、料理によってジャスミンライスや秋田こまちをブレンドして使い分けているんですよ。ビリヤーニもそうですね」(クンドーリさん)
「ビリヤーニは、インドではお祝いごとでよく食べられる料理です。宗教的にお肉が食べられないということがなければ、結婚式などで必ず出てくるポピュラーなもの。とはいえレストランや屋台でも日常的にも提供されているので、本当に国民食のようなイメージですね。宗教的な観点からいえば金曜日に食べることが多いんですけど、うちでは水曜日に作ることにしています。始めた当初、周辺に水曜日定休のお店が多くて商店街がガラガラだったので、人を呼ぶためにそうしました」(麻優子さん)
「ビリヤーニもいろんな種類があるんですよ。うちはポーク、チキン、ビーフ、ラムの4種類。『水曜日=ビリヤーニ』ということだけ決めていて、前日にどんなお肉を使うかなどの詳細を考えます。ビリヤーニは、とにかく時間かかるんですよ(笑)でも、うちは何時間もかけて大量に炊くようなことはしなくて、前の日にスパイスやハーブなどでお肉をマリネしておいて、水曜日当日に仕上げます。そうすると、美味しさを全部吸ってくれる。お肉も柔らかいですよ。スプーンで押せば繊維が出るくらい、柔らかくて美味しいです」(クンドーリさん)
どんな人でも食べられる、体に優しい料理
ー調理において、大切にしていることはありますか。
「なるべくフレッシュなものを使う。お肉も朝に買ってくるんですよ。パクチーとかハーブも、フレッシュなものだけ使います。そこで育ててるのはインド料理に欠かせないカレーリーフという葉っぱ。乾燥だと香りとか味が弱い。やっぱりフレッシュなものがいいですよ。あとは、味付け。酸っぱい、辛い、甘い、苦い、全部ある。それぞれが同じ味にならないように考えてますね」(クンドーリさん)
「特に意識しているわけではないんですが、乳製品や油をあまり使わないので、体に優しいんですよね。イエロームング豆もそうですが、消化が早いものが多いのでたくさん食べても胃もたれしないと思います。なので、食べると元気になりますよ」(麻優子さん)
ーお店には、どんな方がよくいらっしゃいますか?
「インド料理好きの方はもちろんいらっしゃるんですが、『南インド料理なんて全然知らなかった』『カレーにそんなに興味がない、もしくは好きじゃなかった』というお客さんのほうが多いです。あと……以前、カレーが食べられないおばあちゃんが来たことがあって。息子さんに連れられていらっしゃったようなのですが、病院から退院したばかりで食べられるものが限られていたみたいで、息子さんだけが料理を食べていたんです。おばあちゃんは私たちに『食べられなくてごめんね』と謝ってくれましたが、何も食べられないのは……と思って、お試しでどうぞとちょっと差し上げたら、『これなら大丈夫!』と食べてくださいました。うちのカレーは小麦を使わないですし、油っこさもなく辛さも控えめなので食べやすいみたいです。南インド料理には馴染みが全くない、という方にもウケがいいんですよ」(麻優子さん)
「子どもも食べるんですよ。ヒリヒリしながらも美味しいって食べる。全部フレッシュなんですよね。辛さもそう。体にも優しいから、どんな人でも食べられるんですよね」(クンドーリさん)
街の姿も料理の作り方も大きく異なる「南インド」と「北インド」
ー南インドって、どんな地域なんでしょうか。
「インドというと雑踏の中に人がたくさんいてごちゃごちゃしているイメージだと思うんですけど、それはどちらかといえば北インドで、南インドはけっこう南国チックで綺麗なんですよね。まあ『南インド』といってもすごく広いので、一概には言えないんですが……彼の生まれたバンガロールという内陸の地域は、『南の国!』という感じです(笑)近年はだんだんと街の雰囲気が昔と変わってきていますが、お花がたくさん咲いていて、カラフルで綺麗な街。イギリスの影響を受けている地域でもあるので、バーやカフェもあります。ディープなインドというよりは、もうちょっと明るいというか、いろんな文化が混ざり合っている場所です」(麻優子さん)
「北と南では、食べるものも全然違うんですよ。北はクリームとかチーズとかバターとか乳製品が多いですよね。油もたくさん使う。でも、南はお豆とかお米がメイン。魚を使った料理が多い地域とか辛いのが大好きな地域とかありますよ。たとえば、アンドラプラデシュというところの料理はすごく辛い。もう煙が出るくらい辛いですよ(笑)」(クンドーリさん)
「料理に関しては、作り方にも違いがありますね。北は煮込み料理が多いんですが、南は一年を通して暑いため、サッとできるものが多い。ただその代わりに、あまり長持ちしません。昔は冷蔵庫とかもなかったので、なるべく料理が日持ちするようにターメリックを使ったり、あまり長時間の発酵をせずに作れたりするものが多くなったみたいですね。うちで出している料理もそうです」(麻優子さん)
ーおふたりはインドで出会い、ご結婚されたと伺っているのですが、麻優子さんはなぜインドに行ったのでしょうか?
「昔から海外に行きたいとは思っていて。学生時代にアメリカとフィリピンに行く機会があったんですけど、私にとってはフィリピンの方が楽しかったんです。熱が強いというか、生きてる感じがあるというか。その後、1年間海外でホームステイをしながらボランティアをするプログラムを見つけて、そこに参加しました。プログラムの派遣先は毎年違うんですけど、私の時はまずヨーロッパかアジアのどちらかが選べました。そこでアジアを選択した上で韓国かインドかが選べたのですが、フィリピンでの滞在を思い出し、雰囲気が近いであろうインドにしました(笑)なので、直接的にインドが好きだったというわけではなくて、たまたまインドだったんです」(麻優子さん)
ーその派遣先が、インドの中でも南インドだったということですね。
「そうですね。そして、ホームステイ先が彼の家族のところだったんです。プログラム自体は1年間でしたが、その間に彼と交際を始めたので、トータルで3年くらいはインドにいたと思います。日本とインドを行き来することもあったのですが、当時はスマホとかもなかったので、電話で何度も話しました。そのせいで、電話代が月8万円になったこともありましたが……(笑)そして結婚することが決まってからインドに戻り、私も向こうで仕事をしながら過ごしました」(麻優子さん)
「職を転々としながらここに辿り着いた感じです」
ーそこから、インドではなく日本でお店を開くことにしたのはどうしてですか?
「父が体調を崩したことをきっかけに、私が日本へ戻ってきました。その時、もちろん彼はインドで働いていたのですが、のちに仕事をやめて日本に来てくれたんです。最初は新潟県に住んでいて、日本では英語の先生ができるかなと思っていたんですけど、当時は『英語圏出身でないと採用は難しい』と言われることが多く、なかなか職が見つからなくて。そんな中、埼玉県で工場の仕事を見つけたので、埼玉県へ移住しました。その後、お世話になっていた派遣会社の方が『境町(伊勢崎市)だったら一緒に働ける職場があるよ』と教えてくださって、群馬県に入りました。まだまだ外国人を受け入れてくれる企業が少なかったので、職を転々としながらここに辿り着いた感じです」(麻優子さん)
ークンドーリさんご自身は、もともと飲食関係のお仕事をされていたのでしょうか。
「4人兄弟の一番下だから、小さい時から料理はしていたし好きでした。でもお料理の仕事をしているとかではなかったですよ。インドにいる時、1年間だけ北インドに行った時があるんですけど、その時は映像の仕事をしていました。CMを作ったりCGアニメーションの監督をやったりでしたね」(クンドーリさん)
ーお仕事のことも含め、日本へ移住することに迷いなどはありませんでしたか。
「全然。日本語も一つもわからなかったけど、不安とかは思わなかったですよ。あんまり考えないタイプなんですよね(笑)日本のお料理も大好きです。うどん以外はなんでも食べる。うどんはね、恥ずかしい(笑)お箸でつかみづらくて食べづらいので、嫌いじゃないですけど、食べないです。納豆とか梅干しとかは大好きですよ」(クンドーリさん)
食材を学ぶ、違いを経験する、自分を知る
ー今後はどんな展開を考えていますか。
「もう少しお店を広くできたらいいなと思いますね。ラップサンドのお店として始めたけれど、今のやり方だとちょっと狭いんです。またコロナ禍になってから、席の間隔を広げることも必要になったので、余計に座れるところが少なくなってしまって。今は予約優先にしてるんですけど、本当はもっと自由に来ていただきたいなと思っています。いろんな人に食べてもらいたいですね」(麻優子さん)
ーお店を開く、事業を始めるなど、これから新しいことに挑戦しようとする人にとって、どんなことが大切だと思いますか。
「まずは勉強が大事だと思います。毎日勉強なんですよね。例えば、あれは豆のデータなんですけど、うちで使っているイエロームングは豆の中でも消化が早くて栄養価が高いんです。作る時は発酵させたら酸味が出るから、発酵させずにペースト状にして作るとか。スパイスに関しても、自分は天気や時期によって入れるスパイスを変えているんですよ。たとえば、インフルエンザが流行る時期には予防のスパイスを使う、寒い季節なら体があったまるスパイスを入れる。これは、勉強していなかったらわからないことです。体があったまるスパイスはこれで、これと合わせると美味しいってことが、分かってないと作れない。何事も勉強ですね」(クンドーリさん)
「経験も多いといいですよね。 彼は、路地で売ってるものとか、5つ星ホテルのお料理とか、ムスリムのお友達の家庭で食べたものとか、いろいろな味を知っているので、『今日はああいうのが食べたい』という引き出しが多いんです。舌の歴史を思い出して、あのとき食べたあれに近いものを作ろう、と考えながら作っているような気がします。それが例えば誰かに教えてもらったとか、レシピを勉強して作る、となると『チキンカレーはこういうものだ』となってしまうけど、いろんなスタイルを体験していると、同じチキンカレーでもスパイスを変えたり味付けを工夫してみたりしてオリジナルの味を作れるんですよね。料理名は同じでも地域や宗教で味が大きく変わるものってたくさんあるので、そういったものをより多く経験すると強みになると思います」(麻優子さん)
訪れたことのない国に恐れず移住し、生きるという選択。毎日、自分たちが食べたいもの、体が求めている料理を考えて作り食べること。それは自分自身への愛であり、もてなしだ。だから、その料理を食べる私たちも愛を感じて、うれしくなるし、元気になる。
「いつか、できたらいいな」。多くの人が、自分の未来に対して展望を持ちながら目の前の仕事に追われている。そして、その展望を実現する機会は私たちの周囲を常に流れつづけている。
イエロームングのふたりの前に開業のチャンスが現れたとき、メニューを考えるより先に行動に起こすことができたのは、「自分にとって何が心地よいのか」をふたり自身がよく知っていたから、なのかもしれない。
(ライター/撮影:合同会社ユザメ 市根井 直規)