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【熱源な人】医療的ケア児の子育てをもっと明るく。笑って子育てロリポップ代表 石川京子さん

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道なきところへ一歩を踏み出し、自分の道を切り開いた人の心には、ふつふつと湧き立つ熱がある。黙々と働くあの人の中にも静かに宿るその熱が、社会を変え、未来をつくる原動力となる。湯けむりフォーラムでは、群馬において様々な分野で活躍する人々にフォーカスし、その動機や、これまでのストーリーを深掘りして伝えていきます。その人自身が熱源となり、誰かの心を沸き立たせるきっかけとなるように。

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人工呼吸器やたんの吸引、チューブを使って栄養を補給したり、日常的にさまざまな医療的介助が必要な子どもを「医療的ケア児」と言います。自身も医療的ケア児を育てる石川京子さんは、娘の知果(ちか)さんが3歳の時に家族の会「笑って子育てロリポップ」を結成。「ロリポップ(棒のついた飴)のスティックのような、社会のささやかな支えで医療的ケア児や障害児の親子は心豊かに暮らせる」と話す石川さん。お願いは“明るく発信”をモットーに、障害のある子もない子も自然と混じり合うやさしい未来を目指しています。

NICU退院後の不安と孤独

取材先に到着してすぐ、石川さんの快活な声とひとなつこい笑顔に引き込まれた。「みんなにも今日は県の取材があるって伝えたので、メイクにちょっと時間がかかっているかもです」。石川さんのテンポの良いおしゃべりは気遣いとユーモアにあふれていて、周りを楽しくさせる。

取材は県立小児医療センター敷地内の県医療的ケア児等支援センター「やっほ」で行った。職員寮を改装し、2023年7月にオープンしたばかりで交流スペースがある

県内の医療的ケア児の親たちによる横のつながり「笑って子育てロリポップ」は、自身も重症心身障害児の娘がいる石川さんを中心に2015年6月に発足した。活動は対面より、LINEやInstagram、facebookなどSNSによる緩やかなつながりが主で、LINE登録数が91人。登録者には家族など活動の支援者(通称・ロリポッパー)も含まれ、うち医療的ケア児の親は48人ほどだという。

活動はランチ会やイベント出展、講演会など外に出る機会も多いが、登録者には「もし来れたら」と参加を強くは勧めない。つながりで安心してもらうことが目的なので、「LINEも既読スルーOKで、返信は求めません」と石川さん。登録者が返信を負担に感じたり、参加できなかった自分を責めたりすることがないようにする配慮だという

県内の医療的ケア児の多くは、県立小児医療センターや群大医学部附属病院など地域の拠点病院のNICU(新生児集中治療室)やGCU(新生児回復室)を経て、在宅ケアに移行する。鼻や胃からの経管栄養や人工呼吸器や排泄の管理など慣れない介助にとまどい、不安や孤独に襲われる親は少なくない。

石川さんもそんな経験をしたと話す。

「母乳を入れたパックを吊るして、チューブでお鼻から入れるのですが、この子は寝たまんまで、お母さんを求めて泣くことがないんです。無理やり起こされることがない分、夜中も時間になると一人で起きて、決められた量の哺乳をして、お薬もあげて…。なんか一人で何をやっているんだろう? これで合ってるの? って」

40歳になってようやく知果さんを授かったが、子育ての駆け出しは不安でいっぱいだった。

「40でやっとお母さんになれて、お母さんになったら子どもを連れて公園に行くんだと思っていたのに、お鼻からチューブが出ていたりすると、私は大丈夫でも周りの親の受け入れが追いつかない。結局、娘が1、2歳のうちはほとんど外に出ず、というか行くところがなく、すごく寂しい思いをして家で泣いていました」

厚生労働省の資料によると、在宅の医療的ケア児は全国に推計約2万人。その数が増加している背景には、医療の進歩で新生児の救命率が高まったことがある。一方、退院後の家族の負担を支える社会資源は整備が遅れていた。医療行為と区別するために「医療的ケア」という用語が生まれ、家族以外の研修を受けた教員や介護福祉士が介助できるようになったのも比較的最近のこと。医療的ケア児支援法は2021年に施行したばかりだ。担当窓口やワンストップの支援センターの整備途上で子育てをしてきた石川さんたちは、子どもの預け先を探すのにも大変な苦労をしていた。

「医療と生活の境界がわからなくて、NICUを退院後、どこに相談したらいいか、みんな悩むんです。病院の回答は医療のことに限られますし、生活の相談先は保健師さんや訪問看護師さんとなるのですが、互いに連携してないことが歯がゆくて。行政の窓口に行くと『前例がないので参考になるようなことが言えません』と言われてしまい、私たち世の中から外れてしまっている存在なのかなぁと」

伝え方も柔らかくデザイン

石川さんは娘が3歳になると、在宅の重症心身障害児を対象にした群馬整肢療護園の通園事業「らっこちゃんクラブ」に通い始めた。通園する親たちと話すと、それぞれ障害の程度や家庭の事情は異なっても、共通する悩みが多かった。

何よりも活動後にみんなでランチに行き、たわいのないおしゃべりに花を咲かせると元気が出た。このランチミーティングを県下の医療的ケア児や障害児の親の集まりに広げたグループが、「笑って子育てロリポップ」だ。

「らっこちゃんクラブが終わると、いつもみんなでごはんを食べに行っていたんです。もう、それがうれしくて! 一人の悩みを相談しても、流されて終わっちゃうけど、みんなの共通する悩みを持ち寄ったら、聞いてもらえるのではないかなぁと。せっかく赤ちゃんが産まれたのに落ち込むって何かおかしいですよね」

就園や就学、家庭の経済事情、これから先の悩みは尽きないけれど、できれば笑って子育てしたい。世間に対するお願いも、不満やストレスをぶつけるのでなく、明るく発信したい。グループ名のロリポップにはそんな思いが込められている。

「棒のついた飴がロリポップです。例えば、うちの子は嚥下(えんげ)ができないので、ゴクッて飲み込めないんですね。でももし、飴に棒がついていれば味見ができる。棒がついているだけでニコニコするんです。私たちが心豊かに暮らすために望んでいるのも、このスティックみたいなさりげない支えだなぁと思って、ロリポップという名前にしました」

看板店を営む石川さんはデザインが本業だ。ロリポップではリーフレットやイラストも担当しているが、伝え方のトーンや表現も柔らかくデザインしていると感じる。

「子どもの障害がわかると、なんとなくわけられてしまう雰囲気を感じています。『障害児のお母さん』というくくりで見られるようになり、周りの人の接し方も変わる。でも、私は自分らしく子育てしたいし、娘ができる前に遊んでいた仲間とも変わらず遊べる、あるいは彼らを巻き込んでいくような未来にしたいんです」

お互いの心が自然に寄り添いやすいよう、活動は努めて明るく、前向きに。石川さんは壁を作らない伝え方を工夫している。

みんなで仲良くするために

ロリポップには、未就学児の親を集めた60人ほどのLINEグループがある。親たちが最も頭を悩ませるのが就学問題だ。

特別支援学校か、あるいは地域の公立小の特別支援学級か通常学級か、親が何を優先したいと考え、学校側にどんな支援を求めるか、学校の受け入れ体制はどうかなどを照らし合わせ、どこに通うのがその子にとってより適切か、家族は校長や担当教諭と面談を重ねながら候補をしぼっていく。公立の場合は教育委員会の判断も加わる。

特別支援学校は支援スタッフがそろっている分、手厚く、安心感があるが、大人とのやりとりは多くなる。一方、地域の小学校は同じ年頃の子どもとたくさん触れ合って刺激を受けられる点が魅力だが、設備面や毎日の介助については学校側との細かなすり合わせが必要だ。お互いに納得のいく話し合いが尽くされれば良いが、上手に希望が伝えられずに落ち込んだり、泣いてしまう母親もいて、コミュニケーションはそう簡単ではない。

「特別支援学校って先生たちがやさしいし、手厚いんですよ。その手厚さを地域の学校にも持っていきたいけど、実際そこまでまだ行き届かない。でも、親はその手厚さを地域の学校に求めるんです。本来はそれでいいと思うのですが、現状は先生たちもどう動いていいのかわからないことが多い。小学校入学ってもっとワクワクするはずなのに、すごく落ち込んでしまうお母さんがいます」

学校選びで悩んでいたら、この支援センター『やっほ』にも相談してみてください」、石川さんはそう呼びかける

石川さんの娘の知果さんは現在11歳。高崎市内の公立小に通っている。知果さんはイエス・ノーの意思表示が難しい重症心身障害児で、当初は特別支援学校への進学を想定していた。

思いが変わったのは、保育園年長時に出かけた地域の保育園での交流会だった。寝ていることの多い知果さんが、同年代の子に囲まれて「わ〜!」と一緒に歌を歌ったのだ。

この出来事に驚いた石川さんは、その保育園の子どもたちが進学する小学校に一緒に進学させたいと思った。希望を出すと、案外すんなり通った。石川さんは地域性もあると考えている。その小学校は特別支援学校の姉妹校で、ロリポップのランチミーティングのきっかけになった群馬整肢療護園にも近い。障害児に理解のある人が多い地域だった、と。

「私はもう50歳を過ぎていて、他のお母さんより残りの人生が短い分(笑)、先のことばかり考えているところはあるかもしれません。知果は18歳を過ぎてもお仕事ができないからいろんな施設でお世話になると思います。そんな時、『あ、知果ちゃんね。知ってるよ!』なんて同級生が近くにいてくれたらいいなと。そんな未来を願って地域の学校を選んだところはあります」

医療的ケア児支援法には、「医療的ケア児でない児童と共に教育を受けられるように最大限に配慮」とあるが、法の施行でインクルージョン(※)は達成されたわけではない。「だから今、お互い協力し合って『みんなで仲良くできる方法』を一緒に作っているところだと思うんです」。自分たちは時代のはざまにいる。石川さんはそうとらえている。

※教育分野では、障害などのあるなしに関わらず、全ての子どもが共に学び合うこと。包摂などと訳される。

知られていないトイレ事情

医療的ケア児の通学問題にも関連するが、こうした子どもたちの介助で一般の人はあまり知らないのがトイレ事情だ。外出の際にはおむつ交換が必須だが、その交換場所が多くの公共施設や民間の商業施設で足りていない。

多目的トイレに設置されているベビーベッドは、体の大きくなった医療的ケア児には小さすぎるそうだ。体がはみ出てしまうので、手足を支えるために介助者がもう一人必要だったり、薬の影響で骨の弱い子もいるので、無理に小さなベッドでおむつを替えると骨折のリスクもある。出先でトイレ難民になることを恐れて外出を控える親子もいるそうだ。

ロリポップはこうした実態を広く知ってもらおうと、2021年に多目的トイレにユニバーサルシートの設置を呼びかけるキャンペーンを始めた。「ユニバーサルシート設置大作戦!」だ。

長さ150cmのユニバーサルシート。これがあるかないかが親子が安心して外出ができるかどうかに関わるそうだ。実は排泄機能の低下した高齢者の介助者も同じ問題に悩んでいるという

「車のシートを代用するのももうキツくなっちゃって、トイレにおむつ替えの台がないと出かけられないんですよ。『なんで多目的トイレにベッドがないの? 私たち出かけるなってこと?』と、イライラしてしまっていたのですが、そこをロリポップらしく、前向きに取り組もうと」

2021年7月には山本一太・群馬県知事に要望する機会があり、10月には県庁32階ホールと昭和庁舎のトイレにユニバーサルシートが設置された。前橋や高崎にも公共施設や公園、商業施設にユニバーサルシートが続々と設置されており、石川さんたちはこの流れを勢いづけたいと張り切っている。昨年6月にはバリアフリーマップアプリを制作する一般社団法人の「WheeLog!」から声がかかり、霞ヶ関で国土交通大臣に要望書を提出する機会もあった。

「ユニバーサルシートに特化した活動は全国にもなかなかないので、県外でも共感してくれた方がいて島根や埼玉、福井、北海道にも運動が広がっています。マップも作りたいと今、動き出しています。私たち日本全国を旅する夢があるんです! ユニバーサルシートの旅みたいな感じで、設置場所をなぞれば旅ができますから」

※ユニバーサルシート県内の設置状況はこち

社会の意識やインフラの変化で一気に軽減される困難があることを、私たちも積極的に考えていきたい。トイレの問題はそのひとつだと、ロリポップの活動はさりげなく、明るく、教えてくれる。

楽しいことを叶える! それがロリポップの熱源だ。

「お母さんたちは本来やりたいことがいっぱいあるのに、子どもの医療的ケアや障害というキーワードで我慢しているところがあるんです。それがロリポップの中だとみんな同じ条件になる。だからスタートラインがそろって、『よし、やろう!』ってなる。普段できないことができる楽しさがロリポップの熱源なのかなぁ。おそろいのTシャツを作って着るとか、ハンドメイドが好きなお母さんたちとイベントにも出ますし、キャンプもします。フラダンスだって踊っちゃいます(笑)」

おそろいのTシャツを着たロリポップの仲間と

「医療的ケア児支援法も、みんなが心豊かに暮らすために作られた法律で、難しく悩むためではないと思うんです。難しいと投げ出さずに一つひとつ、解決していけたらいいなと心から思っています。それと同時に、子どもの成長ってあっという間だからスピード感も意識しています。短い子育てを後から振り返った時、『私たち笑ってたね!』って言いたい。一日一日、とにかく笑っていたいんです」

ライター:岩井光子  撮影:市根井直規

登壇者

石川京子 笑って子育てロリポップ代表

渋川市生まれ。スチールチックデザイン代表。一般社団法人ジャムサンド代表理事、社会活動では全国医療的ケアラインi-Line群馬県代表、群馬県障害者自立支援協議会サブ協議会委員、群馬県医療的ケア児者等支援ネットワーク「フレフレ」代表などを務める。県内での講演活動も多数。高崎市在住。