- REPORT
【熱源な人】チェーンソー競技を極めて、林業のより良い未来につなげる。ひのきや・今井陽樹さん
道なきところへ一歩を踏み出し、自分の道を切り開いた人の心には、ふつふつと湧き立つ熱がある。黙々と働くあの人の中にも静かに宿るその熱が、社会を変え、未来をつくる原動力となる。湯けむりフォーラムでは、群馬において様々な分野で活躍する人々にフォーカスし、その動機や、これまでのストーリーを深掘りして伝えていきます。その人自身が熱源となり、誰かの心を沸き立たせるきっかけとなるように。
ーーー
林業従事者が技術を競い合う大会「日本伐木チャンピオンシップ」を知っていますか?競技種目は、狙った方向に正確に木を倒す「伐倒」や、チェーンソーの刃を高速で交換する競技、丸太に差し込まれた30本の枝を早く正確に払う競技など。日本全国のチェーンソーマンたちが、技術と安全意識の向上を目指して、熱い戦いを繰り広げています。
そんな「日本伐木チャンピオンシップ」で第4回王者になり、世界大会にも出場したのが、群馬県藤岡市で活動する「ひのきや」の今井陽樹さん。もともとプロスノーボーダーを目指していましたが、林業と伐木競技にハマり、今や日本一の凄腕の持ち主になりました。
競技を極めることが、技術と安全意識の向上につながり、さらには高単価の仕事の受注や、林業業界=かっこいい!というイメージアップにもつながるといいます。
林業の世界に入ったきっかけから、業界の明るい未来を背負う伐木競技の魅力などを詳しく伺いました。
ロッキー山脈に感動し、林業の世界へ
今井さんは愛知県名古屋市出身で、現在36歳。20歳のときに、プロスノーボーダーを目指してカナダに渡ったが、3年ほど努力するも芽が出ず諦めることに。林業の世界に興味を持ったのは、カナダで見たロッキー山脈の美しさに感動したから。帰国後、日本で林業の仕事を探すことにした。
「群馬にはそれまで縁がなかったのですが、ハローワークで林業の仕事を探していたら、たまたま藤岡の森林組合の募集があったんですよね。それで、実際に来てみたら良い街だなと。もっと田舎だと思っていたので、意外と街でびっくりしました」
名古屋市出身の今井さん。カナダで出会い、のちに結婚することになる奥さまは、栃木県宇都宮市出身。2人とも都会育ちで、山村で暮らすイメージは全く湧かなかった。林業の仕事に興味はあるけど、山村では暮らせない。そんなときに出会ったのが「ほどよい街」の藤岡だった。
「藤岡は、小さい街で買い物にも便利だったし、山も近い。ここなら大丈夫、とシティーガールの妻の了解も得られました。それで森林組合の面接を受けたら『どうぞお越しください』ということになったんです」
藤岡に来たのが12年前。そこから今井さんの林業人生はスタートする。
初めて木を伐ったときに感じた「俺、これでいける」という確信
「最初に木を伐ったときのことはよく覚えていますね。杉だったか、檜だったか、背がそんなに高くない細い木だったんですけど。スッと刃を入れて、受け口をつくって、切っていく。木が倒れた後に『俺、これでいける』って思いました。ドキドキしたし、ワクワクしたし。夢と野望と決意と覚悟を持って林業の世界に入ったのですが『大丈夫だな』と、しっくりきたんだと思います」
それまで、チェーンソーを持ったこともなければ、木を伐ったこともなかった今井さん。資格講習での初めての伐木を経て、林業の道を選んだことは間違っていなかったと確信した。
「最初は間伐を習いました。『今井くん、この木伐ってみて』というように、先輩に指導してもらいながら、自分たちの担当エリアの木を伐っていくんです」
山に手を入れ続ける重要性
チェーンソーの扱いはもちろん、自分たちの身体よりも大きな木を切り倒すということで、常に危険が伴う林業の仕事。危なくないようにみんな離れて、自分のエリアの木を伐っていく。間伐というのは、健全な森林にするため、適度に木を伐って間引いていく作業だ。
「切り倒した木は、運び出して木材として商品にすることもあるし、そのまま山に置いておくこともあります。使える木なら使うし、手間の方がかかるなと思えばそのまま置いておく。野菜でいうと、種を蒔いたあと最初に間引く葉っぱってすごく小さいですよね。野菜だから食べられるけど、市場に出すかというと出さない。山の木も同じで、はじめのうちに間引く木は商品になっていないので、土に返すことが多いです」
間伐の仕事は、基本的に山の持ち主が森林組合や民間の林業会社に依頼をする。山の持ち主は、個人の場合もあるし、村や県、国という場合も。その持ち主が主体となって自分たちの資産を管理するのが普通だが、山に入ること、木を切ることは危険なので、委託して作業してもらうのだ。
「全ての山には、必ず所有者がいます。放置されちゃっているところも多いですが、人が手を入れたところは、ずっと手を入れ続けてメンテナンスしてあげる方がいい。屋久島や白神山地のような、いわゆる『原生林』を除いて、日本のほとんどの山は人工林なので、昔の人が一度全て整備して、杉や檜を植えている。例えばここから見える山も、見渡す限り全部一度人の手が入ってます」
ふと、今井さんが山の方を指さして話す。
「あの山のてっぺんに、濃い緑が点々ってあるの見えるかな?あれが杉か檜。60〜70年前に、苗木を背負った人たちが、あそこまで登って一本一本植えたんですよ。それを蔑ろにするの?って。それはもったいないよね?じゃあ間伐をして、残したい木を生かしていきましょう、ということなんですよね」
野菜を大きく育てようと思ったら、一番大きくなりそうなものを残して他は間引く。それと同じように、残したい木を生かすためのお手入れは、ずっとしていく方がいい。今まで「山だなあ」としか思っていなかった風景が、今井さんにかかると「あの辺りは木がまばらだから間伐していると思う。右側は林齢が若いからそんなに手を入れていない」と、立体的に見えてきた。
「山に入ると、そこには必ず土があるんですよ。土がないと植物って育たないんですよね。土があるから木が育って、葉を落としてまた土になる。そういうサイクルを見ていると『僕たちは土でできているんだな』『土なくしては生きていけないんだな』と本当に教えてもらっている気がして。それが、山の仕事の一番大事なところかなと思います」
山に入ると、生半可な気持ちでは立てないくらいの急斜面があるという。そんな中でも、靴を地面に食い込ませ、地に足をつけて作業をする。「今僕たちは、確かな足元を求めているんだと思いますよ」と話す今井さん。コンクリートに囲まれて生活している私は、最近いつ土の上に立ったっけな?と考えてしまった。
ナンバーワンの信頼感
最近のお仕事についても聞いてみた。
「ひのきやとしては、伐採サービス業が多いですね。『この木が大きくなりすぎた』『台風で枝が折れた』とか、人が生活する上で支障になる木を伐ることが多いです。個人宅からの依頼もあるし、お寺とか神社とか、そういったところからの依頼もありますね。藤岡はもちろん、群馬県内全域で活動しています」
林業の技術を競う大会「日本伐木チャンピオンシップ」では、日本一の腕前を見せつけた今井さん。お仕事の依頼も増えているという。
「期待して頼んでくれるので、そこに対してきちんとお返ししなければならないな、と常々思ってやっています。自分で言っちゃいますけど、やっぱり信用と、人柄ですかね。あとは、紹介や口コミで広がっていきますね」
ナンバーワンでありながら、気取ったところが一切なく、親しみやすい人柄。依頼する方も安心して任せられるだろう。
競技に取り組むことが、林業の問題解決につながる
藤岡の森林組合で働いたあと「ひのきや」として独立することになった経緯も聞いてみた。
「2014年に日本大会の第1回が行われて、そこで日本代表になったんです。これはもう『この道を行け』ということなんだな、競技が自分のやるべきことなんだなって思ったんですけど、第2回日本大会で代表になれなかった。それがあまりにも悔しくて、『勤めていたら世界大会には行けない。これじゃダメだ、辞めます!』って。競技に力を注ぐために独立しました」
競技に対する熱量が溢れ出していたのだろう。一緒に働いていた人たちからも「今井くんは辞めると思っていたよ」と言われたという。
「林業が抱えている問題『働き手がいない』『賃金が安い』なんだかんだって、僕の中では競技をやることで全て解決できちゃうと思っているんですよ。競技をやれば、技術力が上がる。大会を見に山に人が来て、僕たちの仕事ぶりを見てもらえる。『チェーンソーマンって楽しいですよ』ってみんなに知ってもらえる。そうすると、仲間が増えて、応援してくれる人も増える、働き手も増える。『競技、めっちゃいいじゃん』ってことなんですよね」
競技に一生懸命取り組むことで、技術の向上はもちろん、次世代の育成にも役立つ。今井さんは、どんどん競技に夢中になっていった。
見てもらいたいのは「一瞬の火花」
技術を競う大会は、2年に1度開催される日本大会のほか、日本全国で開催される地方大会、今井さんたちが自主的に開催している「ロガーズカップ」などさまざまだ。今回は、藤岡の桜山公園で開催されたロガーズガップを見学させてもらった。
競技種目は5種類。チェーンソーの刃を素早く安全に交換する「ソーチェン着脱競技」。上下から均等に刃を入れて、綺麗な丸太を切り出す「丸太合せ輪切り競技」。地面すれすれで丸太を切る「接地丸太輪切り競技」。狙った方向に正確に木を倒す「伐倒競技」。丸太に差し込まれた30本の枝を正確に払う「枝払い競技」。どの競技にも、林業の現場では欠かせないスキルが詰め込まれている。
「競技って面白くて、ルールが決まっているんですね。ルールって、何かといったら課題です。目の前に与えられた課題に合わせて、段差、角度、厚み、それら全てに答えなくちゃいけない。現場だって、与えられた課題があるんですね。3mとか、4mとか、商品にするために、木を決められた長さに伐らなくちゃいけない。それが、ちょっと違う長さだったり、小口が傾いていたりすると、商品価値が下がってしまう。だから、きちんとその商品が一番高く売れるように『ちゃんと伐ってちょうだいね』っていうことなんです。その技術を高めていけるのが、この競技。普段の現場の仕事にも、めちゃめちゃ効いてくるんです」
競技を終えた選手が「まだまだ練習不足なのがわかりました。これからもっと練習に励みたいと思います」というと、他の仲間が「お疲れ」といって肩を叩く。「あそこはもっとこうすると良いんじゃない?」とアドバイスをする人もいる。
日本代表になった経験もある猛者たちが集まっている今大会だが、非常に和気あいあいとした雰囲気で、お互いが尊敬しあい、学び合う姿勢が伝わってきた。技術をみんなでシェアすることが、林業の業界全体の底上げになる。競技に取り組むという一つのアクションが、技術力はもちろん、安全意識の向上につながるのだ。もっとバチバチしているのかと勝手に想像していただけにかなり意外だったが、みんなが林業の未来を良くしたい、という共通意識を持っているからこその空気感なのかもしれない。
「競技の見どころは、その人が集中しているときにみせる『一瞬の火花』のような、そういう瞬間ですね。競技に向き合うとき、今燃えてるな、煌めいてるな、っていう瞬間が絶対にあるんです。よく見れば、素人目にもわかる。そういう瞬間は見逃せません。競技なので、やっている作業はみんな同じですが、それぞれ生き方が違うから、立ち姿とか、背中の雰囲気、競技に入る前の呼吸とか、それぞれ違いが出てくるんですよね。そういうところが面白い。みんなが推しメンです(笑)」
どんな人が競技に、また林業に向いているのだろうか。
「競技であれば、几帳面でいて、ときには大胆にできる人が強いと思います。でも林業という意味でいえば、好きであればいいんじゃないですかね。林業に入るきっかけって、人それぞれだと思いますけど。木に触れて、自然に触れて、そういうことが好きなんだったら合っていると思う。人手は全然足りていないので、競技を通して興味を持ってくれる人が増えるのはすごく嬉しいですね」
今回直接競技を拝見して、「かっこいい」という簡単な言葉では表現しきれない奥深い魅力を感じた。競技にはその人それぞれの生き方が出るというのは本当だった。競技を極めることが、技術と安全意識の向上につながり、さらには高単価の仕事の受注や、林業のイメージアップにもつながる。普段の山での仕事がより良くなるのはもちろん、林業の未来まで明るくするのだ。
大会は定期的に開催しているので、ぜひみなさんも「一瞬の火花」を、林業の未来を、その目で見に来てもらいたい。
登壇者
今井 陽樹 「ひのきや」代表
1985年生まれ。愛知県出身 藤岡市在住。
2014年World Logging Championship 出場、JLC in Tottori優勝、2019年ドイツ伐木技能競技会海外選手枠1位など世界各国数々の伐採大会受賞歴を持つ。
2020年 NPO法人ロガーズをたち上げ、地域の子供たちに向けて木と触れ合い自然に対する知識を深める体験会を行うなど、山の仕事を社会に発信する活動をおこなっている。