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台湾 オードリー・タン大臣と語る、 デジタルが創り出す未来
35歳で行政院に入閣し、「マスクマップ」の開発で一躍有名になった台湾のデジタル担当大臣オードリー・タン氏と、山本一太群馬県知事によるオンライン対談が行われました。デジタルの時代を牽引するタン氏に、これからのコロナ対策や人材教育、地方の可能性などについて知事が切り込みます。
また、対談終了後は、高校生〜大学生世代の若者がタン大臣へ率直な質問を投げかけるオンライントークセッションも開催。記事の後半では、その質問と回答をご紹介しています。
新型コロナウイルス感染拡大を防ぐための政策
山本 一太群馬県知事(以下、山本):オードリー・タン大臣はじめまして。群馬県知事の山本一太です。昨年、群馬県は、群馬県の未来図である新しい総合計画をまとめました。その中で、群馬県の20年後の姿を描いたビジョンというものを発信いたしました。群馬県が20年後に目指す姿は、全ての県民が年齢、性別、宗教、国籍、そして障害の有無等に関わらず、誰1人取り残されることなく、それぞれが思い描く人生を生き、幸福を実感できる自立分散型の社会ということです。
こういった理念を掲げた県の知事として、台湾のデジタル政策を牽引する世界的な注目を集めるオードリー・タン大臣とお話しする機会をいただくことができたのは、大変光栄なことだと思っています。
台湾は、新型コロナ対策において、世界で最も成功した例の一つです。マスクマップの開発や、デジタルを使った発信などの斬新な政策から学べることは非常に多いと思っています。まずはこのことを前提に、今年の5月、台湾で新型コロナの再拡大が発生したことについてのお考えと、これを乗り越えるための戦略、そしてタン大臣が大事にしてこられた「国民と政府の信頼関係」についてお伺いできればと思います。
オードリー・タン氏(以下、タン):まずは、このような意見交換の機会をいただきありがとうございます。また、皆様を含む日本の人々、そして日本政府に対し、ワクチンの寄付についてお礼を申し上げたいと思います。大変ありがとうございます。このワクチンの寄付がなければ、私は個人的にも2回目の接種を受けることができませんでした。本当にありがとうございます。
現在台湾では、1週間に100万回のワクチン接種が行われています。これだけスムーズに接種できているのは、デジタルテクノロジーのサポートがあるからです。たとえば今回、感染リスクの高い50歳以上の人、もしくは基礎疾患のある人に対してモデルナとアストラゼネカどちらがいいか、それともどちらでもいいかというアンケートをとりました。というのも、ワクチンの種類ひとつをとっても、人々には好みがあるからです。
このアンケートによって、どのワクチンがどのくらい必要なのかということが明確になりました。数量が限られたワクチンの中で、それぞれに合ったものを提供できるわけです。またアンケートに答えた人々は自分の希望するワクチンを受けられますから、急にキャンセルをしたり、接種をやめたりということもなくなりました。
山本:デジタル化によって国民の声を直接吸い上げる仕組み、そして政府の方から直接国民に届ける仕組みを作り上げたということで、これは本当に台湾とタン大臣の素晴らしいところだと改めて感じました。
「始動人」と、これからの時代に求められる人材や素養
山本:続いて、教育の分野について伺いたいと思います。私は、いかなる場所や状況においても最も大事なことは教育だと考えており、群馬県では、これからの時代に育てたい人材を「始動人」と掲げました。
これまでの教育では、「いい大学に入る」や「大きな企業に入る」といった競争で秀でた人たちにスポットライトが当たっていたように思います。しかしこれからは「自分の頭で考え抜く力」や、「新しい領域に向かって歩き出す力」を持つ人が生まれやすい環境を作りたいと思っています。そしてそのためには、多様性を受け入れる教育が大事だと感じています。
タン大臣は、このデジタルイノベーションの時代に求められる素養について、どのようなものだとお考えでしょうか。
タン:率先して新しいアイデアを取り入れることと、多様性を学ぶことは共に重要だと考えています。どちらかではなく、異なる立場の人々を同時に見て理解することが大切です。
また、価値は多元的です。例えば、「経済的な発展が重要だ」と考える人がいる一方で、「地球全体や環境を大切にしなければいけない」と考える人もいるでしょう。このような多様な見方がある中で、誰も取り残さない、どの価値も取り逃がさないことが重要です。「17の持続可能な開発目標」、つまりSDGsの達成に向けて、社会的な平等性が非常に重要になってきています。
多文化共生・共創の鍵
山本:群馬県が打ち出した新しい基軸の中に、「多文化共生・共創」というコンセプトがあります。
群馬県に居住し、働く方のうち3%は外国籍の方々ですが、私は「外国籍の住民」ではなく「外国人県民」と呼んでいます。群馬県を発展させていくためには、外国人県民の皆さんにも仲間として協力していただきたいと思っています。なぜなら、行政の中にいる人々が全員同じ考えを持っていては、均質のものしか生まれないからです。自分と異なる意見の人にも耳を傾けて、新しい価値や視点を発見しながら進んでいくことが必要だと、改めて感じました。タン大臣から見て、多文化共生の社会をつくるための鍵とは何でしょうか。
タン:最も重要なのは、「楽しいこと」ですね。公共サービスではあまり強調されないのですが、社会の3つの柱は「Fast、Fare、Fun」。速く、公平で、楽しいということです。公共部門において、効率性や平等性はもちろん大切なことですが、ユーモアや楽しさ、そして活発な議論や会話をすることも重要だと思います。
デジタル時代のコミュニケーション
山本:タン大臣が世界的に注目された理由の一つは、デジタル時代のコミュニケーション能力だと思います。特にパンデミックのような危機的状況に置かれたとき、行政としては市民や国民とのリスクコミュニケーションがたいへん重要になります。デジタル時代におけるコミュニケーションについて、どうしたら行政と市民の信頼関係が生まれるような情報発信ができるのでしょうか。
タン:信頼を得るためには、まず自分が相手を信頼する必要があります。ですから、公務員は国民を信じなければいけない。それが同じように返ってくるかは分かりませんが、まずは我々の方から国民を信じなさいと伝えましょう。
また、我々の仕事は透明でなければいけません。例えば、私はミーティングを全て記録して、議事録やビデオを通してオンラインで公開します。私のYouTubeチャンネルをフォローしていると、私の仕事をリアルタイムで見られるわけです。すると、チャンネルを見てくださっている皆さんは、「私が皆さんのことを信頼している」ということが分かるわけです。
全て公開されてしまうわけですから、嘘をつくことや、偽ることはできません。誠実であって初めて対話は促進され、信頼が生まれるのです。
「若い人」ではなく、「サイバースペースで成熟した人間」である
山本:リバースメンター制度についてお伺いします。「メンター」というと、通常は人生経験のある大人が子どもに対して何かを教えたり導いたりするものですが、リバースメンターはこの逆で、若い人たちが年配の人たちにアドバイスや指導をするという考え方です。
これからのデジタルイノベーションの鍵は、今の中高生にあたるデジタルネイティブが握っています。つまり、デジタルを自然に使いこなせる世代が主役になると考えています。
タン大臣もリバースメンターをされていたということで、この制度がいかに台湾の政治に活力を与えているのかについて、ご説明いただけますでしょうか。
タン:私は過去、このオフィスで働いている大臣のリバースメンターをしていました。その経験からこういった仕事をしているわけですが、その当時、大臣は常に「私はリバースメンターを“若い人”とは捉えていない。“サイバースペースで成熟した人間”として見ている」と言っていました。
私自身は1993年にデジタルへ移民しましたが、年齢の若い方々は「真のデジタルネイティブ」です。
私のような年上の人間は「人生経験」がありますから、すでに自分なりの「正しい答え」を持っていることが多い。しかし経験があるからこそ、新しい発想は生まれにくくなっています。真のデジタルネイティブであるリバースメンターに求められているのは、固定概念の枠にとらわれないクレイジーなアイデアです。
私たちに必要なのは、若い人々を信頼し、「クレイジーでいいんだ」「不可能なことを提案してもいいんだ」と思ってもらうことです。そして同時に、リソースを提供する人間でいなければいけません。「こんなものは実現不可能だ」と言う役割を取るのではなく、一見不可能に見えるアイデアに対して、実現のためのリソースを提供する存在であるべきです。クレイジーな発想は、失敗しても学びが生まれますからね。
地方の可能性
山本:コロナ禍が日本にもたらした変化の一つに、いわゆる「地方」価値の再定義というものがありました。以前までは全てが東京中心で、とにかく人を多く集めて、その中から収益を生み出す「量」のビジネスモデルが主となっていました。
しかしこれからは、自然が豊かで広いスペースがある、群馬県のような地域が新しいビジネスモデルの中心になるのではないかと思っています。タン大臣は著書の中で「新しいシステムは中央からではなく地方から定着させるべきだ」とおっしゃっていますが、地方の役割やチャンスについてどのようにお考えでしょうか。
タン:以前は台湾においても都会が中心で、例えば国際会議などを開く際、空港近辺や台北などの大都市以外は候補に上がりませんでした。地方都市で開くなどという発想は全くなかったわけです。
しかしコロナ禍では「国際会議はバーチャルで」が当たり前になりましたよね。どこにいようと、インターネット接続さえあれば、はっきりとお互いの顔が見える。そして、ローカルの問題を国際的に提供することができます。
高速鉄道や高速道路は「都市と都市」を繋げるものですが、インターネットは「都市と世界」を繋げて、世界中の人々が皆さんの「お隣さん」になります。これは、感染症の流行が落ち着いた後も続くものです。
「オードリー・タン大臣」×「群馬の若者」トークセッション
ここからは、群馬の若者からタン大臣へ向けられた11の質問とその回答についてご紹介します。
人間とAIは共存できますか?
学生:私は最先端のテクノロジーに興味があり、中でも「AIとの共存」に大きな関心があります。将来的に、人間とAIが共存することは可能でしょうか。もしそうであるなら、どのようにして共存していくのでしょうか?
タン:まず、私にとって「AI」は2種類の意味があり、それぞれの意味は全く異なるものです。まずは「権威主義的なインテリジェンス」と呼ばれる、人間に成り代わるようなAIシステムです。これは人間の判断能力を減退させる、悪影響をおよぼす恐れがあるものです。人々はお互いを信じるのではなくAIを信じるようになり、価値観の違いやバイアスなどによって孤立してしまうのです。
もうひとつは、「支援するインテリジェンス」としてのAI。これは人々の相互の理解を加速させ、コミュニケーションを支援するものです。私の眼鏡のようなものですね。眼鏡は物や人をはっきり見ることを助けてくれますが、私の目の代わりをするわけではありません。支援するインテリジェンスとしてのAIは「人間にとって変わるもの」ではない、ということです。このように、コミュニケーションを支援し、人と人をつなぐようなAIであれば、人間と共存するだけでなく、ともに繁栄することが可能だと思っています。
文系科目は、社会にどのように活かせますか?
学生:現在、いわゆる「STEAM教育」が非常に重要視されているように感じています。私は理数系の勉強が苦手なので、どのようにして補っていくべきかが知りたいです。また、私が得意な歴史や現代文などの文系科目は、社会にどう活かすことができるでしょうか?
タン:実は、いわゆるSTEAMは非常にクリエイティブな分野で、暗記物ではなく自己表現の方法なのです。現代文や歴史が得意とおっしゃいましたが、理数系とそれらに明確な隔たりはありません。様々な理解や好奇心を、人々と協力しながら拡張していくという点においては共通しているんです。
また、台湾でSTEAM教育を行うときには、「リテラシー」ではなく「コンピテンス」という言葉を使います。コンピテンスというのは、何かを作り出す能力のことです。私自身も、ビデオゲームにインスパイアされて世界の歴史を学び、ビジュアル化することができました。
もっとゲームをやりなさい、ということではありません。ビデオゲームデザイナーに興味を持ってください。人々とたくさん会話してください。ビジョンを持って、それを世界中に広めようとしている人たちと繋がってください。それが、みなさんのコンピテンスを高めることになると思います。
人材教育において大切にしていることは?
学生:タン大臣はこれまでにたくさんの人材と出会われたと思いますが、人材を教育する中で大切にしていることは何ですか。また、「目を引く人材」にはどういった特徴がありますか。
タン:「良い教育者」というものは、答えを押し付けるのではなく、学生と共に自らも学ぼうとします。包容力と好奇心があり、共感し、学生と一緒に探索する。これが教育者にとって最も重要な資質だと考えています。なぜなら、現在は新しい科目がどんどん生まれていますし、かつて正解だったと考えられていたものが、将来的には不正解になることもあるからです。
そして「目を引く人材」についてですが、「自分たちの学ぶべきことを、自分たちで創造する人」がそうなのかもしれません。例えるなら、すでに存在する星座に星を置くのではなく、新しい星を作り、その周りに星を集めて新たな星座を作るような人です。自分でゼロから知識を生み出すわけではないのですが、繋ぎ方を工夫するのです。みなさん全員が、自分の星座を作る能力を持っていますからね。これが現在の人材に対する考え方です。
台湾ではなぜ、スピーディーに政策を実行できたのですか?
学生:政策を国が実行するためには多くの議論を重ねる必要があり、多くの国にとってスピードを重視することは難しいと思います。そんな中、タン大臣がわずか3日で開発されたマスクマップを含む革新的な政策を、台湾がスピーディーに実行に移せたのはどうしてでしょうか。
タン:まず第一に、マスクマップは私のアイデアではなく、シビックハッカーのハワード・ウーさんが考えたものなんです。そして他の台湾の方からも同じようなアイデアが出たため、そもそもみなさんを「説得」する必要はなかったわけです。アイデアをインターネットに公開し、それがオープンイノベーションとなり、みんなで試しながら出来上がりました。
通常は、大臣がコンサルタントに相談し、入札が行われ、実行という順番です。しかし今回は、国民のほうから良いアイデアが生まれ、それが非常にホットになった。それで結果的に、政府に対して「なぜこれを支援しないのか」という圧力がかかったんです。
私個人が貢献したのは、みんなの時間が無駄にならないよう、アップデートを手動ではなく自動にしたことだけです。政府にとってはいわゆるリバースオークションで、まずコミュニティがアイデアを作り、政府は民間と協力してそれを拡張していった、ということです。
オンラインで海外の大学の授業を受けることができたら良いと考えますが、どう思いますか?
学生:日本には私の学びたい分野を学べる大学が少なく、留学を視野に入れています。しかし、コロナ禍でオンライン授業も増えていますので、海外の各大学の授業をオンラインで受けられるようになったらいいのではないか、とも考えています。タン大臣はどう思われますか。
タン:私は1995年、14歳の時に中学を自主退学しましたが、まさにインターネットを通していろいろな知識を獲得してきました。私の好奇心を満足させるためには一つの視点から学ぶだけでは物足りず、様々な文化や考え方をインターネットで探せる限り探しました。
質問は、インターネットを使って世界中の様々なコーチや先生と繋がることはできないか、ということでした。私と同じように、多くの視点でひとつのものを見て、他人との違いや共通項を知りたいのであれば、オンライン教育は非常に役立ちますよね。
しかし、例えば介護や看護、セラピーなどの「親しい関係性」が必要な領域においては、オンラインのみの教育では不十分です。というのも、現在のインターネットのスピードでは、「親しい関係性」を作るのがまだ難しいからです。6G以降になれば、本当にリアルタイムでお互いがその場にいるような感覚になれるかもしれませんが。
つまり、遠隔で好奇心を満足させられるかは、学びたい領域が「特定の人とのコミュニケーションが必要な分野」なのか、それとも「様々な視点を取り入れることが必要な分野」なのか等によると思います。これは単純に好みの問題ですね。
15年前に性的マイノリティを公表できたのは、どうしてですか?
学生:タン大臣は24歳のときに、ご自身がトランスジェンダーであることを公表したと聞いております。24歳となると、今から15年ほど前になるので、現在よりも性的マイノリティに対する偏見や差別が大きかったのではないでしょうか。なぜそのときに公表したのか、そして周りの反応はどうだったのかをお聞きしたいです。
タン:十分な情報と、お互いをサポートするネットワークがインターネットにあったからです。それを隠していたら、家族や親族、親しい人からサポートを得られませんからね。私の場合、真摯な方法で丁寧にカミングアウトすれば、友人や家族の好奇心に対して簡単に応えることができました。
思春期は、友人や家族にとっても厳しい局面ですよね。男性だろうと女性だろうと、思春期は大変です。しかし国際的なオンラインコミュニティから知識と愛のサポートがあり、一緒に乗り越えました。
挑戦することへの不安には、どう向き合えばいいですか?
学生:コロナ禍において迅速に政策を打ち出していったタン大臣の姿を拝見し、変化の多い今の世界において、新しいことに挑戦していくことの大切さを感じました。しかし、そこには失敗への不安や恐怖があります。そんな中、タン大臣はどのようにお仕事されているのでしょうか。
タン:新しい挑戦にはリスクがあり、それに対して慎重であることは良いことだと思っています。なぜなら20人の人間がいたとして、その全員がクレイジーで、みんながリスクを取っていたら、チームが崩壊してしまいますから。しかし反対に、20人全員が保守的で同じ意見しか持っていないのであれば、20人も必要ありませんよね。
重要なのは、新たな課題に対して「やってみよう」と言う人がいて、「ちょっと待って」と言う人の両方がいることです。個人個人がリスクが取る・取らないということではなく、20人のチームの中で最大の多様性があり、お互いが役割を果たすことが大切なのです。
コロナウイルスによる失業者対策、台湾では何をしましたか?
学生:新型コロナウイルスの感染拡大によって、旅行会社や飲食店などに関わる方が失業をしてしまうという問題が起きています。台湾でも少なからずそういった問題が起きていると思いますが、失業者に対してどういった政策をとりましたか。
タン:台湾において注力したのは、「国からの支援の手に入れやすさ」です。例えば、コロナによる失業手当が受け取れなかった人がいるとしても、その方はIDカードによって1万台湾ドルを受け取ることができる。書類の記入も不要で、役所へ行く必要もありません。ATMに行くか、オンラインで申請すればいいのです。重要なのは、国からの支援や福祉へのアクセスが尊厳を傷つけないこと、そして無駄な時間を取らないことです。
日本で、ジェンダーに関する意識を変えるにはどうしたらいいですか?
学生:ジェンダーに関する問題において、私は「考え方を多くの人に理解してもらうこと」が最も大切だと思っています。しかし、多くの人たちに訴えかけるような力がないのではないか、と考えてしまい、自信が持てません。台湾では「ピンクマスク」のストーリーがありましたが、日本人のジェンダー意識はどうやって変えていけばいいのでしょうか。
タン:ジェンダーというものは「ラベル」ではなく「経験」である、と考えるとよいでしょう。私は2006年に2回目の思春期を通過しましたが、もはや性別や国籍がどうだこうだと考えることはなくなり、例えばピンクマスクなどの共通の経験を通して、「私たちは似たような経験をしていますね」と考えるようになりました。
ジェンダーを含む多くのことは「経験」できることだ、と考えれば、その経験を共有し、繋がりが深まるわけです。「時々は違うけれども、時々は同じ経験をしたもの同士」と理解すれば、ステレオタイプから解放されます。
高齢者にIT政策を浸透させるには?
学生:台湾ではITを活用したコロナ対策で効果的な結果が出ていますが、これを日本で活用する際には、ITに馴染んでいない高齢者への対応が必要だと考えています。彼らがITを使いこなすには、どのような対策が必要だと思いますか。
タン:もっと時間を一緒に過ごします。友人が何かに優れていたり、いつもそれを共有してくれたりすると、興味を持ちますよね。ですから、若い人々と高齢者がお友達と付き合うように時間を過ごすといいと思います。
しかし例えば、家族など若い人がスマホに夢中になっているだけだと、高齢者は孤立感を覚えるかもしれません。大切なのは、相手に「ITがどんなに素晴らしいか」を話すことではなく、相手と自分を繋ぐものとしてITを理解することです。今だってビデオ会議ですから、ITを使って私とみなさんのアイデアが繋がっていますよね。これが正しい使い方です。
ちょっとバカバカしく思うかもしれませんが、こういったビデオ会議をおじいちゃん、おばあちゃんとするのはいかがですか。我々と同じ世界にお誘いするんです。そこで経験を共有できれば、おじいちゃんおばあちゃんも「面白いな、私もできるんだ」と思ってくれると思います。そして、次は高齢者同士がお互いに教え合うようになります。強制的に引き入れようとすると、うまくいきません。
自分のことを知り、行動するにはどうしたらいいですか?
学生:タン大臣ご自身がトランスジェンダーだと自覚されたり、学校をやめて自分の道を進んでいくことを決めたりできたのは、自分のことをしっかり知り、意思を持っていたからだと感じています。私は、自分が何になりたくて、これから何をしたいのかがわかりません。どうすれば自分を知ることができるのか、自分の意思で行動できるのかを教えてください。
タン:哲学的な質問ですね。5時間や7時間も議論できますが、5分しかありませんので短く言わせてください。
まず、我々のアイデンティティは関係性を前提にして成り立っていて、独立した「個人」があるわけではありません。私たちは星座の星であり、コミュニティや文脈、バックグラウンドとの関係によって自分自身を定義づけています。ですから、私たちは自分が「本当に楽しい時間」を過ごせるようなコミュニティを探索するわけです。
でも、1つのコミュニティに閉じこもるのはいけません。私たちは多様なコミュニティの一員で、それぞれの場所で違う考え方、見方、価値観があるわけです。そして同時に私たちは、これらの異なるコミュニティの知識を共有し、繋ぐことができる、非常にユニークな「パズルの1ピース」でもあります。ちょっとパラドックスのようですが、こういった経験からアイデンティティが確立してゆくのだと思います。
(ライター/撮影:合同会社ユザメ 市根井 直規)
登壇者
オードリー・タン 台湾 デジタル担当大臣
1981 年4 月18 日(40 歳) 台北市生まれ
8 歳からプログラミングを独学、14 歳で中学を中退し、プログラマーとして起業。18 歳で渡米、シリコンバレーで起業。33 歳でアップル社へ顧問就任し、Siri 開発プロジェクトに加わる。2016 年行政院(日本の内閣)に、デジタル担当の政務委員(大臣)として入閣。※台湾で35 歳での入閣は最年少。24 歳でトランスジェンダーを公表。