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【教育イノベーション分科会】教育イノベーションがもたらす始動人の育成と活躍

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群馬県が誇る名湯・草津温泉を舞台に、湯けむりフォーラム初のリアルカンファレンスイベント「湯けむりフォーラム2022」が開催されました。今回ご紹介するのは、熱い議論と対話が盛り上がった「教育イノベーション分科会」について。活動フィールドの異なるゲストをお招きし、学校教育の現状とこれからの学びの在り方についてお話いただきました。

沼田翔二朗(以下、沼田):NPO法人DNA代表理事の沼田です。現在、群馬県では“教育イノベーション”と題して、子どもたちが「自ら考え、自ら取り組む力」を育む、学びの環境作りを推進しています。本日は「教育イノベーションがもたらす、始動人の育成と活躍」というテーマで、ゲストの方と共に「教育のこれから」についてお話させていただきます。よろしくお願いします。

工藤勇一(以下、工藤):横浜創英中学・高等学校の校長をしている工藤です。3年前までは千代田区立麴町中学校で6年間校長を勤めており、現在も両校で“学びの大転換”に取り組んでいます。どんなことをしているか簡単にご紹介すると、「学校は何のためにあるのか?」という本質的な問いを追求し、「学校をあるべき姿に近づけるために、教育システムをどう変えていくか?」ということを考えています。

具体的には「学校運営を子どもたちに任せること」と「能動的な授業に変えていくこと」にチャレンジしています。学校運営を子どもたちに任せるというのは、子どもに決定権を移譲するということです。そして、能動的な授業というのは、学年も学級も様々な子どもたちが混ざり合って学ぶ仕組みを作ることです。こうした取り組みを学習指導要領に沿って進めることは、難解なパズルを解くような大変さがありますが、2年半後には実践する様子をお見せできると思います。今日はよろしくお願いします。

中室牧子(以下、中室):慶応義塾大学総合政策学部の中室です。私は「教育経済学」という応用経済学の一つを研究分野としています。教育経済学とは、教育を対象に経済学の理論とデータを使って分析する学問分野です。これまで教育の議論では現場の先生の勘や経験が中心となってきましたが、最近は子どもたちの認知特性も多様になり、社会から求められるスキルも変化しています。そこで「どのような教育実践や政策が、子どもたちの能力やスキルを高める効果があるのか」ということを、ビッグデータを活用して分析することが求められています。

例えば、先日某市の教育長とお会いした際に「当地域は地域の中央に高速道路が通っており、“駅があり塾が多い地域”と“塾が少ない地域”は高速道路によって分けられています。子どもは高速道路を超えて移動できないので、“駅があり塾が多い地域”の子どもの方が学力が高いんです」とお話いただいたことがありました。一見、もっともらしいお話ですが、その市のデータを分析してみると「住む地域に関わらず子どもたちは通塾していること」がわかり、塾や高速道路の位置関係が学力格差の原因ではありませんでした。こうした話はよくあることで、私はデータ活用が現場での実践や政策のサポートになると考えています。本日はどうぞよろしくお願いします。

葉一:2012年から『とある男が授業をしてみた』というYouTubeチャンネルを運営している、教育系動画クリエイターの葉一(はいち)です。投稿内容は、小学3年生から高校生向けの教科書レベルの授業動画を上げています。基本的には“教科書一冊全部を授業動画にする”スタイルで、その他の動画や生放送も含め、全部で4200本ほどの動画を一人で制作してきました。普段は2人の子どもの子育てをする父親です。今日は皆様と勉強しながらセッションできればと思っています、よろしくお願いします。

教育は何のためにあるのか

沼田:実際に学校という教育現場で活動されている工藤先生、データを活用して教育効果を図り社会実装に繋げている中室先生、子どもたちに学校以外の学びの機会を提供し保障する活動を行う葉一さんと共に、セッションを行いたいと思います。本日はよろしくお願いします。

そしてゲストの皆様だけでなく、本日会場にいらっしゃる方々も、教育に高い関心をお持ちだと思います。私たちは教育を受けてきた経験がありますので、それぞれ「もっとこういう教育をした方が良いよね」という想いがあるかもしれませんが、このセッションでは「10年後、20年後にどういう教育が必要なのか」といった長期的な視点を大事にしたいと思います。最初の質問は、現在ゲストの皆様が取り組まれている活動の目的や想い、課題感について。工藤先生、いかがでしょうか?

工藤: 現在の日本の「学校教育」というものは、明治維新からずっと続いてきたものですが、僕は最初からズレていたのかもしれないと考えています。本当は「教育って何のためにあるの?」を考えるとき、二つの視点が必要なのではないかと思うんです。

一つは、教育には「全ての子どもたちが自律して生きていけるようにする」役割があると思います。全ての子どもたちにどんな可能性があるのか見つけ出し、支えていくことですね。もう一つは「社会を持続可能なものにし、民主的で平和的な国を作る」という役割があるのではないでしょうか。このことに関しては、僕は最近『子どもたちに民主主義を教えよう』という本を作りました。学びは自律型であるべきと思っていますが、民主主義を学ぶことだけは自律型では学ぶことができない。世の中が持続可能で平和で民主的であるためには、教え込まなければいけない部分があると考えています。その理由は、ヨーロッパの事例をみれば明らかですね。なぜヨーロッパが民主主義のイデオロギーを見つけることができたかというと、1万年も2万年も戦争をし続けた結果、「このままでは人類が存続できない、持続可能な社会はできない」ということを身をもって知ったからだと思います。また民主主義は形だけ作っても意味がなく、自然に学べばいいものでないことは、民主主義国家の中でヒットラーが生まれた歴史からも分かります。

工藤: 色んな人たちが生きる社会で争いや対立が起きた時、最上位の「平和で民主的な社会を作ろう」という部分では必ず握手しなければならない――その必要性を子どもたちに教えられる唯一の存在が学校だと考えています。そのためには、社会の縮図である“学校運営”を子どもたちに任せ、多様な人たちと生きることを覚えさせることが大切です。日本は対立が起きたときに解決する術を学んでいないので、子どもたちは安易に人間関係の折り合いをつけようとします。いわゆる“心の教育”で解決しようとしたり、多数決で決めようとしたり。多数決という乱暴な方法で『マイノリティを切り捨てろ!』と学んだ子どもたちが大人になってしまうと、とてもこうした議論はできません。子どもの頃から「対話をして、上位で合意する」という一連の対話スタイルを身に着けさせることは、重要な学校の役割だと思います。

沼田:「自律する子どもを育てる」「持続可能な社会を作る」という目的に対し、様々に対応しながら子どもたちに技術を学んでもらう場が学校なのですね。現在の教育界でも自律する子ども、いわゆる「自ら考え、自ら取り組んでいく力」の必要性が議論されています。中室先生の専門分野である教育経済学では、「認知能力/非認知能力」という言葉で整理されてきたとお聞きしましたが、どのような考え方なのでしょうか?

中室:「認知能力」とは、学力テストやIQテストで測ることができるような能力のことです。“読み書きそろばん”という狭い範囲に限らず、「物事を考える力」と捉えていただければいいのかなと思います。一方で「非認知能力」というのは認知能力以外のスキルを雑にまとめたもので、自分をコントロールできるような自制心や忍耐力、物事をやり抜く力、リーダーシップスキル、コミュニケーションスキルなどが例に挙げられます。文科省ではこの力を“生きる力”と呼んでいるのかもしれません。この二つの力は不可分なものですが、経済学の分野では分析上の利便性から分けて使っています。

「認知能力/非認知能力」について、私たちはこれまでの過去の経験や様々な経緯から「認知能力」に重きを置いてきました。非常に多くの保護者の方が、偏差値にセンシティブであることも、同じ理由だと思います。ところが最近の経済学では、学校卒業後の職業や賃金といった成果に大きな影響を与えるのは、「非認知能力」だということが分かってきました。よく「学校で勉強だけができても役に立たない」と言いますが、まさにそのことが実証的に証明されつつあるんです。

中室:具体的な研究としては、ハーバード大学のデイビッド・デミング教授が興味深い調査結果を発表しています。彼は1980年代から2000年代にかけて「雇用のシェア」を時系列で追い、認知能力の高い人/低い人、非認知能力の高い人/低い人、それぞれの能力特性ごとに4分類したとき、「どのような能力を持つ人が労働市場で求められているか」を分析しました。結果、最も雇用率の高い人は一貫して「認知能力が高く、非認知能力も高い人」で、反対に雇用率が最も低い人は「認知能力が低く、非認知能力も低い人」でした。ここまでは当たり前の結果ですね。問題は「認知能力が高く、非認知能力が低い人」と「認知能力が低く、非認知能力が高い人」のグループですが、雇用率がずっと上昇しているのは「認知能力が低く、非認知能力が高い人」のグループだったそうです。これは私たちの直観と大きく違うのではないかと思います。人間よりも賢いロボットやAIが登場したことが、“人間にしかできない仕事”に対する雇用市場での価値を高めていると言えるのかもしれません。先ほど工藤先生がお話されたように、今後は様々な対立点の中でネゴシエーションを通じて合意形成を図るような辛抱強さや人間性、リーダーシップを発揮して人をまとめる力や新たな発想をビジネスに繋げる力が重要視されてくると考えます。

現在の学校教育では「学力を上げること」が重要な目標とされていて、人間性を含めた様々な人間力を育てていく話や手法は古いままであることが多いです。「最新の科学的な手法を取り入れながら、子どもたちの人間力を高める教育機会を学校の中にどう作るか?」ということは、私にとっても関心のある研究テーマとなっています。

多様化する学びの在り方

沼田:葉一さんは動画投稿を通じて子どもたちの「認知能力」を伸ばす活動をされていますね。例えば算数を学びたい子にとって、葉一さんの動画は学校や塾以外の新たな学びの選択肢になっています。そこで、子どもたちが勉強できるようになる学習動画を作るために、今日まで何を意識して実践されてきたのでしょうか?動画作りのポイントなどをお聞かせください。

葉一: 私も去年から「認知能力/非認知能力」という考え方を勉強していますが、私は「認知能力と非認知能力、どちらが大事?」と聞かれたら、「非認知能力」の方が大事なのではないかと考えています。ではなぜ、「認知能力」を伸ばす学習動画を投稿しているかというと、「認知能力」の成長が「非認知能力」へ影響を与えるのではないかと思ったからです。

YouTuberとして独立する前、私は3年間塾講師として働いていました。当時担当していた生徒は、偏差値50を超えない子ばかり。学校で問題行動を起こす生徒もいて、私も保護者と共に学校へ謝罪に伺ったこともありました。生徒にとっては「勉強」=「ダメな奴、とレッテルを貼られる行為」でしかなく、義務教育で9年間関わる勉強ができないことは、子どもたちが劣等感を覚えたり、自信を失ったりするような大きな影響を与えていました。塾で勉強をサポートすることで得られる「ある程度やればできるんだ」という体験は、子どもたちの「認知能力」を伸ばすだけでなく、生徒が持つ魅力的な部分――例えばリーダーシップがあるとか、気配りができるといった「非認知能力」の部分も生き生きさせることに気が付きました。

経済的な事情で塾に行けない家庭や、地域に塾がなく通えないという子どもは多いです。子どもの意思で「勉強を頑張りたい」と思った時に、そうした問題を気にせず、親の承認を得なくても自由に教育機会を得ることができれば、多くの子どもたちにとって「自信のサポート」に繋がるのではないかと考えました。ある程度の自信が付くと、自分を大事にすることができ、非認知能力の部分が輝くのではないか、と思っています。YouTubeで活動を始めて10年間、ずっと変わらずに意識している想いです。

沼田:葉一さんのYouTubeチャンネルには186万人の登録者がおり、日々子どもたちとオンライン上でのやり取りもされているかと思います。子どもたちからはどのような悩みや現状が届いているのでしょうか。

葉一: 勉強の相談も多いですが、私はYouTubeの中でこれまでの人生経験――ヤングケアラーだった過去や、中学時代のいじめのことなども発信しているので、同じような境遇で悩む子たちのコアな相談を受けることもあります。学校の先生や親には相談できない、自分の中で悶々と抱えていることの相談は多岐に渡ります。

沼田:葉一さんの活動のように、学校以外の場で学びの保証やサポートの機会がある今、改めて「学校は何のためにあるのか?」という問いが重要になってきますね。セッションの冒頭に工藤先生からは「2年半後に実践として答えを見せる」というお話がありましたが、何を目指して、どんな実践を行っているのかお聞かせください。

工藤: 先ほどは「持続可能な社会を作ること」の実践について話をしたので、今度は学びについての実践をご紹介したいと思います。実は、麴町中学や横浜創英の生徒は、授業中に葉一さんのYouTubeを見ているんですよ。

沼田:え!“授業中に”見ているんですか?

工藤: はい、授業中に見ている生徒もいます。なぜそれで授業が成立しているかというと、私たちが目指しているのは「子ども自身が学び方を自己選択し、自己決定する」というスタイルだからです。このやり方は数学が非常に実践しやすいですね。各教科の中で唯一、時代が変わっても学ぶ内容が変わらず、緻密に体系化された学問なので、自分が躓いたところに戻って学べばいいからです。今は塾に通っている子が多いですが、塾で先に習った子にとっては、学校で50分の授業を聞くことは非効率的です。そこで麴町中学と横浜創英は、数学に関して3年間の一斉授業を辞めました。学び方は生徒それぞれで、AI型の教材を使う子もいれば、学校の教科書や塾の教材を使う子もいるし、YouTubeで動画を探して葉一さんに学ぶ子もいる。実践してみて特徴的だったことは、普段の“教えられる授業”はわからないことを後で先生に質問するしかないですが、“教えない授業”では問題解決の方法を生徒自ら考え始めるんですね。それが葉一さんを探したり、先生や友達に質問するということになったりして、何らかのアクションを起こした結果「わかった!」という経験を得ることができます。時には「わからない問題を友だちに質問したけど、友だちも答えが分からなかった」ということもあるでしょう。その時は、「友だちの友だちに聞いてみよう!」と人脈を広げる。これがその後の人生に大きな影響を与えたり、非認知能力を伸ばすことに繋がります。

工藤: “教えない授業”をすること自体は重要ではありません。子ども自身がどんな学び方を選択し、自分に合った学び方を経験を通じて身に付けられるかが大切です。全ての教科で自由に選びながら学べる仕組みがあると良いですね。例えば体育の授業を学年も学級も一緒に行って、「専門的に体育を学べる授業」と「スポーツを楽しむ授業」を選べたり。今はIT技術がものすごく進んだので、コミュニケーションの方法や学び方も変わってきています。葉一さんのような新たな取り組みが、今ある教育の視点を壊すきっかけになるのではないかと考えています。

沼田:群馬県内の高等学校でも「塾に通っているかどうかで授業の理解度に差が出るが、40人の生徒全員に合わせた授業をしなければならない」という話をお聞きしたことがあります。学校の先生の中には、そうしたジレンマを抱えている方も多いのではないでしょうか。

工藤: 一斉授業をしていると、子どもって文句を言うじゃないですか。「先生の教え方が悪い」って。これまで“与えられてきた”子どもたちは、与えられるサービスに文句を言うんですね。塾に通う子も「〇〇先生は良いけど、△△先生はダメ」と言いますし、もっと言えば日本の社会も同様に、常に「もっと良いサービスをくれ」という人ばかりです。でも“教えない授業”をしていると、子どもたちは先生に文句を言わなくなります。それどころか、わからないことを先生に質問して答えてもらうと、「先生、ありがとう」って感謝するんです。葉一さんの動画を見る子もそうだと思います。やっぱり、自己決定することが大事なんですね。

中室: 工藤先生の仰るように、自己決定することは非常に大切で、それに関する研究を行動経済学の有名な研究者であるダン・アリエリーが行いました。行動経済学というのは心理学と経済学を融合した学問分野で、「人間とは合理的なものである」という非常に強い前提を置いてきた経済学と、実際の人間が行う不合理な行動を分析してきた心理学を合わせて分析を行うことが特徴です。そのダン・アリエリーらの行動経済学分野の研究は、サイエンスライターのダニエル・ピンクによってまとめられ、『モチベーション3.0』という本として出版されました。その本によるとモチベーションや意欲は「非認知能力」の中でも特に重要なものとして、人が意欲を起こすために必要なものが紹介されています。

中室: 一つは外的なインセンティブによるモチベーション、例えば「お小遣いあげるから勉強しなよ」と言われたことで、勉強への意欲が高まることですね。もう一つは内発的な動機によってモチベーションが上がること、これが最も重要だと言われています。ダン・アリエリーはこの内発的な動機がどのように湧き上がるのかについて、様々な実験を行いましたが、ダニエル・ピンクはその結果を三つに纏めました。一つ目は先ほど工藤先生が重要視された「自己決定」です。「自分で考えて、自分で判断して、自分で行動できる」という裁量権が大きいことが重要だとされています。二つ目は「成長を感じられること」。こちらは葉一さんのお話に繋がりますが、「今までできなかった勉強ができるようになった!」という経験が影響を与えます。三つ目は「公共性があること」です。つまり、自分や自分の家族だけが得をするだけでなく「今ここでやることが、後にもう少し広く世の中の役に立つ」という実感があることが大事だそうです。この三つが揃うと内的なモチベーションが湧き上がる状況になりますが、工藤先生は学校の中にそうした環境を作ろうとしているんですね。これは非常に難しいことだと思います。生徒がやりたいことに対して教員が手伝いアドバイスすることは、生徒の裁量権を奪ったり、成長を阻害したりする場合があるからです。大人の関わり方が問われる挑戦だと思いながら話をお聞きしていました。

「これからの教育」を目指して

沼田:あっという間に残り時間が5分となってしまいました。もっとお話を聞きたいですし、まだまだ議論しきれないところはありますが、最後に本日のテーマである「教育のこれから」についてお伺いしたいと思います。
「認知能力/非認知能力」のお話、「自己決定」の重要性、「子どもたちが自ら学ぶ場を得るための環境づくり」という活動が目指す未来のために、今、私たちは何をすべきなのでしょうか。改めてそれぞれの現場で実践されていることや、これからチャレンジしたいことをお聞かせください。会場の皆様と共に「教育のこれから」の方向性を確認できればと思います。

葉一: 今日のセッションでお話が出たことで、私も良く言うことの一つに、「子どもたちに教育者/親ができることは、選択肢をみせること」という考え方があります。子どものためにレールを敷いてあげるのではなく、「こういうレールもあるよ」と教えてあげる。例えば子どもがスポーツを習いたいと言った時、子どもに「どんなスポーツを習いたいの?」と聞くと、大抵は野球かサッカーと答えます。でも世の中にはもっと色んなスポーツがありますよね。そこで「こういうスポーツもあるよ」と見せてあげることが重要で、必要なら子どもの自己決定にアドバイスをしてあげることが大人の役割ではないかと思うんです。

加えて、私は「成長実感」という言葉を良く使いますが、子どもが努力したことで成長し、その成長が役立つ瞬間を見せてあげることも重要です。自己決定をさせることと、放任させることは違うので、その線引きについても教育系動画クリエイターとして発信していきたいです。今後は保護者の方に対しての発信や子どもたちが考えるためのヒントとなるような動画配信を、自分自身の役割として続けていきたいと思っています。本日はありがとうございました。

中室:学校現場とYouTubeという、異なる場での実践を行うお二人のお話が聞けて良かったです。最後に、今日お話に出なかったことを一つ付け加えさせていただきます。

私が今、関心を持って注力していることの一つに「教育格差」の問題があります。葉一さんからも塾に行けない子どもたちのお話がありましたが、実際に多くの家庭がそうした状況です。「相対的貧困」と言ったりもしますが、義務教育期間中に保護者の経済状況が悪く、様々な機会を失っている子どもたちがいます。この問題を解決することは簡単ではありませんが、データができることはたくさんあるのではないかと考えています。

今は「予防」という言葉は病気にしか使われていませんが、教育にも「予防」の考え方を取り入れ、問題が大きく深いものになる前に救済することが求められてくるのではないでしょうか。そんな視点も皆様にご理解いただければ嬉しく思います。今日はありがとうございました。

工藤: 私がお伝えしたいことは二つです。まず一つは、「学校の役割」をすごく抽象的に言えば、「世の中って満更でもなくて、大人って結構すてきだな」と教える場所だと思います。でも、今の学校は真逆ですよね。子どもたちは「世の中に出たくない」「大人って駄目だ」と思っている。そこから変えていく必要があると思います。そのためには、もっと学校は“リアル”であるべきだと考えていて、例えば「探求のための探求学習」をするのではなく、本当に地域の人と関わり、専門家とアクションを起こすような「地域を変える探求学習」をしていく必要があるんじゃないかと思うんです。地方や地域を盛り上げるためには、新しい地域の良さを作り上げ、地方で完結せずに世界と繋がる視点も持つことが大切ですよね。横浜創英中学・高等学校では、そうしたリアルな探求活動を実施しています。

もう一つの視点は、今までの教育に問題があることを明確にする必要があるということです。自律しない子どもたちを育ててきたこれまでから大転換するために、エビデンスを元に教育を変えていく。「認知能力」だけにクローズアップしたデータを使うのではなく、「自律した子どもを育成する」という上位の視点から考えたエビデンスが取れると、未来の教育の世界は変わるんじゃないかと思います。本日は貴重な機会をいただき、ありがとうございました。また皆さんとお話したいと思います。

沼田:以上をもちまして、トークセッションを終了します。本日のお話では「自ら考えて自己決定していく子どもたちを、どんな環境で育むか」ということが非常に重要なポイントでした。今日でも、群馬県内の学校では各先生方がそうしたことを考えながら、子どもたちと関わっています。ぜひこの場に居合わせた皆様も、群馬の教育界へ力をお貸しいただき、「教育のこれから」をより良いものにしていければと思います。本日はありがとうございました。

群馬県の取り組み

群馬県では2022年度より、経済協力開発機構(OECD)が子どもの「社会情動的スキル」に関して行う国際調査「SSES」に参加しています。全国で唯一の参加自治体であり、調査により児童生徒の社会情動的スキルの形成や非認知能力の形成、発達に影響を及ぼす特徴と要因などについて理解を深めることを目的としています。公立・私立を含めた県内すべての高校1年生を対象に、2023年の5月から6月に調査を実施する予定です。

現在、群馬県では2024年4月にまとめられる調査結果に対し、活用方法の議論と検討を行っています。民間団体とのコラボレーションによる取り組みも募集しておりますので、ご関心のある方は群馬県へお問い合わせください。

ライター:西涼子 フォトグラファー:合同会社ユザメ 市根井 直規

登壇者

沼田 翔二朗 NPO法人DNA 代表理事 群馬県教育委員

高崎経済大学地域政策研究科修了。 2009年にNPO法人DNAに参画し、2011年より代表理事を務める。2013年頃から群馬県内の高等学校と連携した教育事業を立ち上げ、教育コーディネーターとして県内の10代15,000名以上に授業を届けてきた。 授業プログラム 「未来の教室」(令和元年度群馬ふるさとづくり賞 受賞活動)を開催するなど、生徒一人ひとりが自らの内発性に基づき学べる教育環境づくりに取り組んでいる。

工藤 勇一 横浜創英中学・高等学校 校長

東京理科大学理学部応用数学科卒業。2014年から千代田区立麹町中学校長を務め、2020年より現職。宿題や定期テストの廃止といった教育改革が話題となり、著書『学校の「当たり前」をやめた。生徒も教師も変わる!公立名門中学校長の改革』(時事通信社)は10万部を超えるベストセラー。現在も生徒の主体的な学びの場づくりに取り組んでいる。

中室 牧子 慶応義塾大学総合政策学部 教授 デジタル庁シニアエキスパート(デジタルエデュケーション) 公益財団法人東京財団政策研究所 研究主幹

慶應義塾大学環境情報学部卒業後、コロンビア大学でPh.D.取得。日本銀行、東北大学、2013年准教授を経て、2019年より現職。専門は経済学の理論や手法を用いて教育を分析する教育経済学。著書『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン )は発行部数累計30万部を突破するベストセラーに。現在は多くの自治体や学校と共に教育政策の効果測定などの共同研究も行っている。

葉一 教育系動画クリエイター

2012年より教育系 YouTuberとして活動を始め、『とある男が授業をしてみた』チャンネルを運営。チャンネル登録者数は186万人。小学生~高校生を対象に、誰でも自由に無料で勉強ができる「フリーラーニング」の確立を進めている。