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【ダイバーシティ・インクルーシブ分科会】​​ワークショップ 静けさの中の対話

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群馬県が誇る名湯・草津温泉を舞台に、湯けむりフォーラム初のリアルカンファレンスイベント「湯けむりフォーラム2022」が開催されました。今回は、(一社)ダイアローグ・ジャパン・ソサエティと湯けむりフォーラムのコラボで行われたワークショップ『ダイアログ・イン・サイレンス 静けさの中の対話』の模様をお送りします。​​​​​音声の言語に頼らない対話を体感し気づきを得る、言葉の壁を超えた自由なひと時となりました。

ダイアログ・イン・サイレンス』とは、音のない世界で、言葉の壁を超えた対話を楽しむというエンターテイメント体験です。そして、このワークショップの案内人は、音声に頼らない対話をする達人である、聴覚障害者のアテンドメンバーです。

最初に、「ボディランゲージやアイコンタクトをより意識してコミュニケーションしましょう。そうすると、だんだんと言葉の壁を超えて、楽しい対話とともに仲が深まっていくと思います。」というアドバイスとともにワークショップがスタートしました。

オレンジのハチマキをしているのが、今回のワークショップ体験を案内してくれるアテンドのみなさんです。腕を左右に振りながら「いい湯だな」を連想するジェスチャーと共に陽気に登場!会場には、手話ができる聞こえる人 = サイレンス・インタープリターという存在もいて、場面によって手話を通訳してアテンドと参加者の橋渡しをしてくれます。

さあ、声のない静かだけれど楽しい温泉の時間の始まりです。まずはアテンドのヨシさんが「草津のお湯で心も体もすでにホッカホカです。」と手話で自己紹介。参加者はパチパチと拍手をしますが、一瞬、アテンドのみなさんが戸惑うような表情に。というのも…

「私たちには拍手の音が聞こえないんです。ですから、こうやってくれると嬉しいです。」

両手を上げてひらひらと動かす、この動きが手話では拍手を表します。参加者は、なるほどと気づきを得て、改めて、ひらひらと動くたくさんの手による拍手でアテンドメンバーたちを歓迎しました。

挨拶を終えるとフロアに広がり、アテンドと参加者が一緒になりグループを作ります。

「今日はこの会場に温泉を持ってきたんです。一緒に楽しみましょう!」

アテンドが肩からかけていたオレンジ色のロープが広げられていきます。ここから、声に頼らない対話のワークショップが本格的に始まりました。

アテンドが右手の人差し指・中指・薬指を立てて、それを左手で包みました。♨️の形を手で表したものが手話では「温泉」を表します。会場には温泉が沸く三つのお風呂が登場したようです。

みんなで温泉につかりながら楽しく対話をして、心も体も温まりましょうというのが本日の趣向のようですね。いきなり湯船に…とはいかず、きちんと入浴マナーに則り体を洗ってからにしましょうと、アテンドがボディランゲージで導いてくれます。声でそう言われたわけではないですが、会場の誰もが自然とメッセージを理解して対話が進んでいきます。

となりの人に背中を流してもらったら、手刀を切るように右手で左手の甲を軽く叩いて、「ありがとう」と伝えましょうと、手話を教えてもらいました。そしてお待ちかねの温泉へザブン!お風呂で温まりながら、みんなそれぞれの「好きなもの」について語り合っていきます。

この時、対話を助けてくれるのが会場に置いてあるイラストボードです。「好き」「おもしろい」「楽しい」など自分の気持ちを表す手話や、「なに?」「わかる」など相手との対話を促す手話がイラストになっています。今日のここまでのワークショップでは、手話を知らない人でもボディランゲージで楽しく意思の疎通ができていますが、イラストの手話を参考にして、ここからはもっと心がつながる対話を進めていきます。

温泉で体が温まってくると、喉が乾いてきますよね。こんな時、みなさんは何を飲みたくなるでしょうか?

「ビールが飲みたい!」と、ビアサーバーから注ぐ仕草で伝えると、周りの人は「いいね」「私も好き」とボディランゲージや手話で応えます。

「私は牛乳がいいな」と乳搾りのジェスチャーで伝える人がいると、他の人が「風呂上がりの牛乳はこう飲まなくっちゃね!」と腰に手を当てて堂々とした飲みっぷりで応えてくれます。

最初はアテンドのリードのもと進んでいたワークショップですが、会場の人たちも声に頼らない対話に慣れてきて、その楽しさにノってきたようです。周りの人も、良いやりとりにサムズアップや拍手で応じて、どんどん場が盛り上がってきました。

さて、飲み物の次はやはり食べ物についても語りたいところです。蕎麦や寿司、牛肉のしゃぶしゃぶなどなど、美味しいもの好きなものを想像しながらジェスチャーで表し伝えようとするので、みんな自然と良い笑顔になっていきます。

続いての話題はスポーツについて。
「バスケットボールが好きです。」「あなたは背が高いし上手そうだね。」というやりとりや、「温泉といったら卓球かな。」という話が転じて、それまで温泉に見立てていたロープをネットにして、強烈なスマッシュ合戦を繰り広げるグループも!

「私は野球をやっていました。」「ポジションはどこだったの?」というやりとりが盛り上がり、いつの間にか野球の試合がプレイボール!アウトかセーフか?際どい判定はVRに持ち込まれ…。

またあるグループではロープを土俵に見立てて相撲が始まりました。はっけよい、のこった!のこった!

ひとりが閃いてアクションを起こすと、誰かが応じて膨らませてくれてさらに楽しい方向に進んでいく。ワークショップの醍醐味を会場のみんなが体感。そして部屋の中は、声は交わさず静かだけれど、心通う人々が作り出す賑やかで温かい雰囲気に包まれていました。

スポーツでかいた汗を流しに、ふたたび温泉へザブン。手話ボードの助けを借りながら、声のないおしゃべりに花が咲きました。

ワークショップも佳境となり、みんなで一つの輪になって、草津名物の湯もみで大団円を迎えます。東京から来た湯もみ初体験のアテンドメンバーたちに、今度は群馬の参加者がレクチャーしてくれました。最後はお互いに湯を掛け合って、一緒に過ごした楽しい時間に感謝します!

最後に、​​(一社)ダイアローグ・ジャパン・ソサエティの代表理事の志村季世恵さんからのメッセージです。

私たちは普段は東京・竹芝のミュージアムを本拠地にして、目が見えない人、耳が聞こえない人、高齢者の活躍の場を持っていて、今日のような楽しみながら対話をしていきましょうというエンターテイメントを届けています。

今日はいかがでしたか?手話ができなくても色々と通じたと思ってくださった方が多くて嬉しいです。

手話ができなければ耳の聞こえない人と関われないと思ってしまうのは勿体無いし、同じように流暢に英語ができなければ海外の人と喋れないと思ってしまうのも勿体無いです。

日本では特に、ちゃんとしようとか、きれいな形で伝えようとか真面目に考えて構えてしまいがちですが、本当は遊びながらだんだんと覚えていけるものなんです。

みなさんも「温泉」「好き」「面白い」「楽しい」「一緒に」「こんにちは」と、今日だけでも楽しみながらたくさんの手話を覚えてもらうことができたと思います。

この湯けむりフォーラムは、心に熱を持って次の未来を作っていこう、という場所だと聞いています。今回はロープで作った温泉でしたが(笑)、ホカホカになって心に熱を持っていただけたと思います。

聞こえない人、見えない人、高齢の人、外国の人、群馬を訪れる旅行者など、様々な人と今日のように熱を持ちながら心で関わっていただいて、群馬がさらにさらに素晴らしい県になることを願っています。

覚えたばかりの手話「温泉」でポーズをとってみんなで記念写真です。たくさんの手がひらひらと舞う、音のない大きな拍手でワークショップを締めくくりました!

ライター:株式会社まちごと屋 武井 仁美 フォトグラファー:合同会社ユザメ 市根井 直規

登壇者

志村 真介 ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン Founder/一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ理事

関西学院大学商学部卒。コンサルティングファームフェロー等を経て1999年からダイアログ・イン・ザ・ダークの日本開催を主宰。
1993年日本経済新聞の記事で「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」と出会う。感銘を受け発案者ハイネッケに手紙を書き日本開催の承諾を得る。2020年8月、東京・竹芝「アトレ竹芝」内にダイアログ・ダイバーシティミュージアム「対話の森」をオープン。著書に『暗闇から世界が変わる ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパンの挑戦 』(講談社現代新書)

志村 季世恵 一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ代表理事/ダイアログ・イン・ザ・ダーク コンテンツプロデューサー/ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン理事

バースセラピストとして心にトラブルを抱える人、子どもや育児に苦しみを抱える女性をカウンセリング。クライアントの数は延べ4万人を超える。
1999年からはダイアログ・イン・ザ・ダークの活動に携わり、発案者アンドレアス・ハイネッケ博士から暗闇の中のコンテンツを世界で唯一作ることを任せられている。活動を通し、多様性への理解と現代社会に対話の必要性を伝えている。2023年の新著『エールは消えない いのちをめぐる5つの物語』のほか、著書に『さよならの先』(講談社文庫)、『いのちのバトン』(講談社文庫)、『大人のための幸せレッスン』(集英社新書)など。