- REPORT
地域の宝を価値に変える。第一線のリーダーから学ぶ「群馬の観光の未来」【前編】
2022年12月3日、6期目となる「ぐんま観光リーダー塾」の第5回目のプログラムが開かれました。「ぐんま観光リーダー塾」とは、地域の課題を解決するために、観光地域づくりを推進できる中核人材の育成を目指した、“学び”と“対話”を中心とした講座です。ここから「群馬の観光の未来」を担うリーダーが生まれ、地域を輝かせていくことが期待されています。
今回の会場は、群馬県庁最上階のイベントスペース「NETSUGEN」。ここに各地域の第一線で活躍する4名の講師をお招きし、プレゼンテーションとパネルディスカッションを行いました。
登壇者
篠原靖
跡見学園女子大学 マネジメント学部・観光マネジメント学科准教授
内閣官房地域活性化伝道師として、全国各地で新しい観光プログラムの開発や人材育成セミナーを担当し、広域観光圏やDMO組織構築、インバウンド戦略、アフターコロナ後の新たな観光産業のビジネスモデルの構築等を手がけている。群馬県観光審議委員や省庁の委員、全国各地の観光関連委員等を多数歴任。
鳥塚亮
えちごトキめき鉄道株式会社 社長
東京都出身。大韓航空を経てブリティッシュエアウエイズ(英国航空)勤務。成田空港で旅客運航業務に従事。2009年、49歳の時にいすみ鉄道公募社長に。ローカル鉄道を使った地方創生を実践。2019年、新潟県のえちごトキめき鉄道の社長に就任。地域と一体となった経営を実践している。
篠田伸二
富山県氷見市副市長/元TBSプロデューサー
故郷は岐阜県郡上八幡。TBSテレビで30年。番組制作、イベントプロデュース、プロ野球ビジネスなどの傍ら、親を失くした子どもの教育支援ボランティア活動など。それが高じて映画製作&監督業を4年。2020年3月より富山県氷見市に移住。
下苧坪之典
株式会社北三陸ファクトリー 代表取締役CEO
岩手県洋野町出身。大学卒業後、自動車ディーラー、大手生命保険会社を経て、生まれ故郷で2010年に水産ベンチャーを創業。Made in Japanのホンモノ食材を武器に国内外に展開中。”サステナブルな水産業を創造 する”をライフワークとする。エクストリーム・カンファレンス Industry Co-Creation(ICC)サミット KYOTO 2022 Session 8A 「CRAFTED CATAPULT 豊かなライフスタイルの実現に向けて」優勝。
今回のプログラムは2部構成で、前半は鳥塚氏・篠田氏・下苧坪氏によるプレゼンテーション、後半は篠原氏のファシリテーションのもと、受講生も含めたパネルディスカッションが行われました。まずは前編のプレゼンテーションの様子をご覧ください。
①えちごトキめき鉄道・鳥塚氏
就任1年で「行列のできるローカル線」に
みなさん、こんにちは。えちごトキめき鉄道の鳥塚です。ローカル鉄道が地域活性化の切り札、観光のツールになることをお話しさせていただきたいと思います。
私はえちごトキめき鉄道に転職してまだ3年ちょっと。その前は9年間「いすみ鉄道」にいました。まず、いすみ鉄道でのお話しをさせていただきたいと思います。
いすみ鉄道、菜の花路線。大原駅から内陸に分岐する、旧国鉄の路線です。群馬県だと「わたらせ渓谷鉄道」も同じですね。旧国鉄の路線を、地域が引き継いだ。地域の人たちは一生懸命いろいろな活動をしてくれていて。線路の草刈りも地域住民がやっています。菜の花の種をまくのも地域住民。鉄道会社の職員、赤い旗を持った人が誘導しながら作業してくれています。
地元の高校生は、田舎の鉄道の主役です。生徒会がみんなで「いすみ鉄道対策委員会」というものを作っている。今の時代は少子高齢化なので、鉄道が廃線になったら学校も廃校になってしまう。運命共同体みたいなところ。このような地域に私は、2009年7月に就任しました。
国吉駅。あまりにも利用者が少なく寂しい駅でした。就任当時は、ちょうど開催が終わった「カカシ祭り」のカカシを拝借して並べていました。それが翌年の春にはどうなったかというと、行列ができるローカル線になりました。もうカカシを並べなくても済んだのです。さきほども申し上げた通り、地元の人たちが駅に来て、いろいろな活動をしてくれていますが、驚かれます。「いすみ鉄道、ずいぶんお客が多いな」「なんであんなに客がいるんだ」と。
乗客を自分たちのお客にできないか。そこで、大原漁港という漁港で朝市を開くことにしました。平日は船がついて、魚を下ろして、荷捌きして、セリをやってトラックに積んでいる場所ですが、日曜日は空いていて、誰も使っていなかった。
軽トラやテーブルを持ち寄っただけですが、大賑わいになりました。房総半島は伊勢海老が有名なので、伊勢海老を焼いてみた。そうすると、テレビが来た。観光は非日常だから、普段は牛丼チェーン店で昼食を食べている人たちでも、1万円くらい使うわけです。
文化資源を有効活用する
ある日、町内会の集まりに呼ばれました。「朽ち果てようとしている神社がある」と。「もう、この神社は持ちこたえられないから、更地にしてしまおう」と。
私は「いやいや、罰が当たるだろう」と思い、実際に見に行ってみたんです。四角い看板が立っていて、「出雲大社」と書いてあった。「島根県の出雲大社と何か関係があるのでは?」とも思いましたが、こんな田舎で朽ち果てようとしている。どんな理由があるのか気になりました。そこで本家本元の出雲大社に聞いてみたところ、昔ご縁があって、正式な分院なのだそう。
「だったら使えるじゃないか!」ということで。本家本元の島根県の出雲大社を通る「一畑電車」とコラボ入場券を作ることにしました。台紙がついていて、上と下にポケットがあって、入場券を入れられるものです。
一畑電車の「出雲大社前」は、年間何十万、何百万と人が訪れる。そこでこのコラボ入場券を買って上に入れたら、下が空欄になる。「いすみ鉄道国吉駅ってどこだろう」って調べてみたら、東京から1時間で日帰りできる立地にある。「せっかくだから行ってみよう」って当然なるわけです。
その結果、3年間で神社は姿を変えました。実際にこういうことが起きるのです。「神社をなんとかする」なんて、鉄道会社の仕事だとは思えませんよね。でも、地域住民が一生懸命に鉄道を守ってきてくれた地域だから、こっちもなんとかしたいと思ったのです。
観光鉄道のつくりかた
ローカル線を上手に活用したらどうにでもなる、ということです。次に、地元の人たちに「観光鉄道にしませんか」と提案しました。やってみたのはムーミン列車です。「観光鉄道」というと、普通はSLを走らせたり、豪華な列車を走らせたりすると思います。でも予算がないから、ラッピングのシールを貼っただけ。もちろん権利関係はクリアしています。
最初は、馬鹿にされました。なんでそれが「観光列車」なんだと。シールを貼っただけじゃないかと。でも実際に、列車がホームに入るとみんなが写真を撮ります。こういう状況になったんです。雑誌の取材も来ました。
今までは、ローカル鉄道というと「男の趣味」でした。取り上げてくれる雑誌も、男性の鉄道ファン向けの雑誌。でもこれまで「男の趣味」でやってきた結果、ローカル線はダメになってしまった。女性をターゲットにしてみたら、たくさん来るようになったわけです、国吉駅にも。当然、経済効果も上がります。それから「女子鉄」「ママ鉄」なんて言葉が始まったわけです。今となっては、鉄道車両にカメラを向けるのは女子ばかり。これが13年前の話です。
女子が来ると男子も来る。男性向けの企画も始まりました。古い国鉄型ディーゼルカーを走らせてみた。昭和ブームの影響もあって大人気に。古い自動車がやってきて、ボンネットバスもやってきて。ここで撮られた写真がどんどん拡散して、「聖地」になったわけです。このバスの後ろを昭和のディーゼルカーが走るのだから、これだけで観光地ではないかと。
田舎町のブランディング
これは、当時作ったポスターです。「ここには、なにもないがあります。」って書いてあるでしょう。普通ポスターは「うちはいいところですから、ぜひいらしてください」って伝えるために作るものです。「何もない」なんて言ったら、お客は来ないはずなんです。では、どうしてこんなポスターを作ったのか。
ある時、駅で怒っている人がいた。都会からの観光客だった。気になって近くに寄ってみたら、「せっかく来たのに、何もないじゃないか」ということだった。それはそうですよ、田んぼの中の無人駅なのだから。それに対して、地元で一生懸命やっている人たちが、「すいません、すいません」と頭を下げている。
こういう構造を許していたら、日本の田舎なんかいつまで経っても元気になるわけがない。でも地元の人たち自ら「すいません、そうなんです、ここは過疎地で……」なんて言ってしまっている。だから私は、「そんなことで頭を下げるな!」と言ったわけです。これがこのポスターを作ることにした理由です。
ポスターは、駅から列車の中まで全部に貼りました。テレビや雑誌などを見て、なにかを期待して来て、「何もないじゃないか」と当てが外れて怒っている人がいる。すると、地元の人たちはニコニコしながら、「そうなんですよ。お客さん、これがいすみ鉄道のポスター。会社が何もないって言っていますから」と。謝らなくて良くなりました。
今はもう口コミの時代です。悪い噂は広がりやすい。「何もない」なんて言ったら、10人中9人は来ません。でも10人に1人くらいは来てくれる。ガイドブックに載っていないところを探している人たちです。千葉県房総半島は、首都圏がマーケット。3,500万人いると言われているから、10人に1人が「なんか面白そう」って言っただけで350万人。そのうち、さらに10人に1人が一度でも来てくれたら35万人。観光は土日シーズンに集中するから、1ヶ月間で3万人です。
1時間に1本の1両だから、みんなが来たらすぐにパンクしてしまう。地域も同じで、観光バスが100台来るようになったら、ご飯を食べる場所どころか、トイレすら足らなくなる。自分の会社のキャパシティを考えて商売しようよ、っていう話なのです。どんな商売も同じだと思います。100席あるレストランと数席のカウンターだけのお店では、出すお料理も客単価も違うわけです。ローカル鉄道沿線というのは、言うなればカウンターだけの小さなお店みたいなものなんです。
このポスターが意味するのは、「価値のわかる人たちだけ、ほんの一握りでいいから来てください」ということです。なぜならば、本当に何もないから。電化されてなくて、電信柱や電線すらないのですから。
しかし、こういうところを「いいところですね」って言う人がいるわけです。まずは、撮り鉄ですよね。列車は遠くを走っているのに、彼らはこんなにも離れたところで写真を撮っている。彼らは風景を写しているんです。昭和の田園風景の中を走る昭和のディーゼルカーを。この風景は、わざわざ写真を撮りに来る価値がある景色なんです。ところが、地元の農家のおじさんやおばさんからしてみたら、「こんなところダメだよ」って言ってしまう。自分たちの口から「こんなところ」っていうのはやめようよ、と言いたいですね。
仮説を立てて検証する
地方創生なんて、簡単なんです。都会の人のハートをグサっと鷲掴みできる写真が1枚撮れれば、田んぼの真ん中が季節を問わない観光地になるんです。いすみ鉄道は房総半島にあります。東京・群馬・埼玉の人が、房総半島へ何をしに行くかといえば、多くの場合は真っ青な太平洋が目的。でも、いすみ鉄道は海岸線を走らない。内陸なんです。
海岸線を走って富士山でも見えれば江ノ電くらい観光客が来ますよ、と言いたくなるところですが。言ったってしょうがない。ないんだから。いまの時代の田舎は、いまあるものをどうやって有効活用するかにかかっているんです。田んぼの真ん中が、たった1枚のポスターで観光地になるのだったら、日本全国どこにでもチャンスがある。私はそういうことをやってきました。
お客さんを乗せ切れなくなったので、もう1台車両を買ったんです。国鉄型です。何を始めたかというと、地元の海の幸をふんだんに使ったレストランです。地元の人って、出荷するだけで終わっちゃうことが多い。それをどうやって6次産業化していくか、ということが問われている。こういうやり方をすれば、富裕層が来て、雑誌は来るし、テレビも来る。ローカル鉄道が観光のコンテンツになるということを、私は仮説を立てて証明してきたのです。常に、いつも行列ができるローカル線。
現在はえちごトキめき鉄道でも同じことをやっています。列車の中でご飯を食べてもらったり、古い車両を走らせたり。
私は、仮説を立てて実証してきたから。真っ赤な列車に雪山。こういう景色もまた、観光のコンテンツになるでしょう。見てみたらみんな行ってみたいと思うでしょう。「雪月花」という観光列車なんですけど、これはもう、完全にスイスと同じじゃないですか。これを見て日本に行ってみたいなっていう人たちが新潟に来て。
これに乗る人は1,000人に1人くらい。でも、じゃあ、いらないのかと言ったら、いるんですよ。せっかくいまローカル鉄道があるんだったら、こういうことをやらないともったいないよね、という話です。
②氷見市副市長・篠田氏
異例のキャリアから副市長に
皆様こんにちは。氷見市から参りました、篠田と申します。先ほどご紹介いただいた通り、私は元々メディア関係の仕事、TBSで30年間働いておりました。前半の15年間は番組制作で、『サンデーモーニング』等、またドキュメンタリー系の番組もずっと作っていました。
その後は文化事業に転じました。例えば1995年、阪神淡路大震災で奈良の唐招提寺が大変なダメージを受けて、本堂の建て直しを迫られました。そこで、TBSが協力し、復興のお手伝いをすることとなり、「鑑真和上様」をお連れして、日本全国の国立美術館を巻き込んだ美術展を開催する、そんなこともやりました。
TBSを退職したのは、入社してから30年目だったわけですが、脱サラをしたのは、あるボランティア活動がきっかけになっています。
1本の映画を生み出したボランティア活動
さまざまな理由で親を失くした子供たち。彼らの教育支援をしている、「あしなが育英会」という団体の広報のお手伝いをずっとやってきました。「あしなが育英会」はこれまで、50年間で約10万人の子どもたちを助けてきて、しっかりとお金も集めて事業をしてきました。その団体の創設者である玉井義臣さんはご高齢ですが現役で、突然「最後の最後に、日本で培ってきたノウハウをアフリカに持っていきたい」ということを言い始めました。
アフリカ諸国には、エイズで親をなくした子供たち、夥しい数が存在します。その最も根本的な原因は、教育であろうと。そこで、アフリカの若者たちに教育の場を与える事業が始まりました。
サハラ砂漠から南には、47の国があります。それぞれの国から毎年1人ずつ優秀でやる気のある若者が選ばれ、彼らが学びたいものを学ぶことができる。例えば、オックスフォードで医学を学んだり、日本で最新技術を学んだり。現在、すでに400人近くの若者たちが世界中に羽ばたいています。そして、彼らがいずれ自国に帰り、国づくりを担っていく。
こういった事業の実現には、当然、お金が必要です。彼らの支援には、一人あたり約3000万円が必要とされています。そこで、このプロジェクトの賛同者を集めたいということで、私が協力して1本の映画を創ることとなりました。
映画のタイトルは、『シンプル・ギフト ~はじまりの歌声~』。これが世界中のテレビ局で放送されれば、各国数百万人単位でメッセージが広がっていくであろう、そんな期待がこめられたプロジェクトでした。まずは映画館で放映されなければ、プロジェクトの実現には至らない。その価値を高めるために奮闘しました。
撮影には足かけ4年間かけ、そこから1年間日本中の映画館を巡り、海外の映画祭にも廻りました。それら活動がだいたい一巡した2020年の2月。「ダイヤモンドプリンセス号の中で、得体の知れない感染症が広がっている」というニュースが出たころでした。日本中のイベントが中止になり、経済もストップしました。この映画上映予定もすべてなくなり、私は「今年1年間、どうしようかな」と思っていました。
その頃、いつものようにFacebookを開いたら、「富山県氷見市で副市長を公募」という広告を目にしました。「面白そう!」とエントリーをしたところ、なんと決まってしまった。そこから約2年半、氷見市の副市長を続けています。
「そんなキャリアなのに、どうして行政の仕事ができるのか」と、よく聞かれます。しかし、つまるところ、「課題を洗い出し、整理し、届けるべき人に届ける」ということに尽きると思うのです。どうしたら、視聴者、参加者が、「見てよかった。来て良かった」と思うか。そのシナリオを組むという点では、行政の課題解決の仕事も共通している部分があると思うのです。
価値を認識すること
さて。「氷見市に行ってみたい」という方がいたら、私は「高岡経由でローカル線のJR氷見線に乗ってきてください」とご案内します。高岡から氷見まで、30分です。
こちらはハットリくん列車。実は氷見市は、作者である藤子不二雄Ⓐさんの出身地なのです。2022年に亡くなられましたが、とても氷見市のことを思ってくださった方です。氷見市にいらっしゃると、「怪物くん」「プロゴルファー猿」「笑ゥせぇるすまん」などのキャラクターを街中で目にすることがきます。
氷見市にお客様が来ると決まって、市内で最も高台にある朝日山公園にお連れします。ここからは海越しの立山連峰が見えますが、この景色は氷見市民の誇りです。しかし地元の方こそ、氷見の価値がどれほどすごいか分からなかったりする。まずはその価値を認識する、というところから始めてもらわなければいけないと思っています。
また、こちらは大境洞窟というところ。なんと縄文時代と弥生時代の存在が証明された場所なのです。1万3,000年以上前からこの洞窟に人が住んでいた。『ブラタモリ』のネタになりそうな場所です。
そしてこれは、氷見の市役所です。少子化の影響でふたつの高校が合併、廃校になった校舎をリフォームして新しい市役所が生まれました。先ごろ、近隣自治体の市役所の庁舎が建て替えられましたが、50億円かかりました。氷見市は19億円でリフォームして造り直した。これは、SDGsの時代にもぴったりな、自慢できる取り組みだと思います。
SDGsな氷見の漁業
氷見は「定置網漁業」の発祥の地で、氷見で獲れる魚のうち、96%が定置網漁業によるものです。400年以上続いている持続可能な漁業ということで日本農業遺産の資格をいただいた。これがどういうものかと言うと、魚群探知機で魚を追いかけるのではなく、ただ仕掛けてある網に入ってくれと祈る他力本願な漁業なのです。網に入る魚の7割は逃げていく。「獲り尽くさない漁業」なのです。こちらもSDGsな漁法と言えますね。
氷見は、水産業で有名な街です。つい先日、「氷見寒ぶり宣言」というものが出ました。「氷見寒ぶり」というのは6キロ以上のブリに与えられる認定で、宣言が出て以降の6キロ以上のブリは「ひみ寒ブリ」というブランド名が冠されます。うやうやしい箱に入れられ、売られていく。つまり、そこから値も上がる。
しかし課題もあります。それは他の季節の魚がさほど知られていないことです。春はイワシ・カワハギ・タイ・カマス、夏になれば真鯛・クロダイ、それからマグロも。秋はアオリイカ・・・。富山湾は「天然の生け簀」、だいたい800種類の多様さといわれ、それらは地元のお寿司屋さんで食べられます。氷見の方々はみんな朝獲れの魚しか食べない、と言われます。新鮮なことを「きときと」と言いますが、氷見の人はきときとの魚じゃなければ生魚を口にしない。ちょっと古いとなれば、全部そのまま鍋に入れるか、その場で昆布じめしてしまうんです。
効果的なプロモーションの仕方
そして、富山湾は日本で4番目の「ナショナルサイクルルート」に認定されました。有名なスポットは、尾道にある「しまなみ海道」です。このサイクリングロードは本当に美しい海岸線を走りますが、まだ未整備で、ここをどうやって今後構築していくか。サイクリングロードだけでなく、湾岸沿いのさまざまな観光資源、宿、店、温泉、そういったものと結びつけてどうプロモーションしていくのか。
北に行けば能登半島、ここには世界農業遺産に認定された地域があります。本当に美しく、魚も美味しい。南に行けば世界遺産である白川郷・五箇山があります。また最近、高岡では「勝興寺」というお寺が国宝に認定されました。北陸というエリアでプレゼンテーションするならば京都、奈良にも負けていない。観光エリアということでいえば、スペイン・フランス・東南アジアのリゾート地にも劣らないと私は思っています。
しかし残念なことに、北陸という領域での際だったプレゼンテーションがほとんど行われていなかった。遠くにお住まいの方は、北陸といえば金沢しか知らないことが多いでしょう。実際、私自身も氷見に来るまでは海越しの立山連峰が見えることも、寒ぶりが美味しいことも知らなかった。つまり、プロモーションが圧倒的に足りなかった。
最適なメディアでの露出を
全国どこでもそうですが、少子高齢化・人口減少という状況がありますよね。これは様々な課題の諸悪の根源であり、どう対処していくかが多くの自治体で問われています。まず手をつけなければならないのは、市のブランディング、そしてシティプロモーションです。氷見では、とにかく露出を増やそうということで、「なんでもニュース化する」ということを始めています。東京と異なり、富山県は新聞というメディアの力が依然として強いので新聞メディア、またNHKにも働きかけています。これを始めてから、露出の数はかなり増えたのではないか。
少し数字の話をしますと、氷見の人口が4万5,000人、世帯数で1万7,000。わずか1,700世帯が番組を見れば、視聴率は10%です。これがどれくらいのレベルかというと、だいたい今の地上波のテレビドラマの平均的視聴率になります。
続いて、3,400世帯が見てくれれば視聴率は20%。これはあの人気ドラマ『半沢直樹』レベル。そして5,000世帯になれば、紅白歌合戦クラスです。氷見市というのは繋がりが強い街ですから、5,000世帯くらいだったら行けるのではないかと考え、月に1本のテレビ番組を作ってみようということになりました。
富山の方々は、よく「富山には何もないっちゃ」と言います。しかし、都会から来る方々にとっては「都会にないもの、すべてがある」と感じるようです。では、その「すべて」を「見える化」する必要がありますから、テレビ番組を通して、氷見の美点と課題を洗い出そうと努めています。よく、地域を変えるのは、馬鹿者・若者・よそ者、などと言いますが、まさに私自身がよそ者。そのよそ者の目線で氷見のいいところを取り上げようと努めています。
テレビ番組を作ると、どんなメリットがあるか。それはまず、「やっぱりうちの街はいいな」と住民がまちに対して誇りを持てることなのです。また、まちが抱える課題は、住民の心にスイッチが入らなければ決して解決しません。行政だけが動いてもダメなのです。まち自ら変わらなきゃというスイッチが入れば、支援側の人たちも動き始めますから。
③北三陸ファクトリー・下苧坪氏
地域の宝を外貨に変える
観光のまち、観光県でもある群馬県に、こういった形でお呼びいただきありがとうございます。今回は、「ちょっとワクワクすること」、「現実を見て、未来を見据えること」の両軸で、「水産」と「観光」をキーワードにお話しします。
『Regenerative Seafood』。「再生型の水産業」という意味です。私は1980年に生まれ、大学を卒業してから8年間は外の釜の飯を食べて、地元である岩手県洋野町に戻ってきました。会社を創業したのは2010年。その子会社を2018年に作りました。それが「北三陸ファクトリー」です。そしていまは「MOOVA」という一般社団法人も立ち上げ、観光事業にも本格的に取り組んでいるところです。
舞台は、人口1万4,000人足らずの小さな町、岩手県の洋野町。会社を創業してまもなく3.11の東日本大震災が襲い掛かり、当時私はあの津波を見て「この町も、水産業も、終わったな」と思いました。しかし、翌年にある写真を見つけ、ビジネスの原点に立ち帰ります。
ここには、私の曽祖父が写っています。そしてこの丸いものは、干しアワビ。まだインフラが整っていなかった時代に、曽祖父は船で香港に渡って、現地のマフィアと取引をしていたのだそうです。これを知った時、「DNAだな」と思いました。環境が整っていなくて、大変な状況であっても、パイオニアとして地域の宝を掘り起こし、外貨を獲得して生産者に配分する。それが本質なんじゃないか、と思いました。いまでもこの思いは忘れずに仕事をしています。
世界を見据えて戦う
地方の小さな町だとしても、世界に出て行こうとするビジョンを持つ。世界に対して地域を発信していくこと。そんな思いを持ってビジネスをしていると、大企業が応援してくれるんです。たとえば、弊社のブランドマークはKIRINさんと一緒に連携して作りました。武蔵野美術大学の学生さん100人と協業して300個のマークを制作し、そのうちの1つを私が選ばせていただきました。
三菱商事さんからも出資をしていただきました。ちょっとここで水産の課題をひとつ共有します。水産業というのは、たくさんの「権利が動く」ビジネスと言われています。有名なのは漁業権ですね。それから、入札権というものもあります。こういった権利がないと一切参入ができない、非常に障壁の高いビジネスです。
創業当時、私は入札権を持っていませんでした。そこで、現地の生産者から直接買い付けて、漁師のみなさんに協力していただいて商品を仕入れてきました。そこに、三菱商事さんからの出資がついて入札権が取れた、ということがありました。
人口はものすごいスピードで減っています。最も問題になるのは、生産年齢人口が減ってしまうことです。漁師、加工者、販売者、すべてがいなくなっていく。これは、どの地域にも共通する課題だと思っています。
さらに、岩手県の最低賃金は854円です。私は来年、オーストラリアにも会社を作りますが、オーストラリアの最低賃金って3,000円なんですよ。ですから、いかにして世界を見据えて外貨を稼ぐか、ということを視野に入れなければならないわけです。
ウニの町、洋野町
岩手県洋野町はウニの町です。もちろん、ウニは全国にありますが、我々のウニは養殖ではなく栽培漁業で天然物となっています。「うに牧場®」(※)と呼ばれる溝がたくさん掘ってあって。ここに沖の方からたくさんの昆布が流れ着きます。また、「あまちゃん」の発祥の地とも言われているように、300人ほどのダイバーさんが丁寧にウニを取り扱い、生産量は本州で一番を誇ります。
※編集注「うに牧場®」とは、沿岸の岩盤に掘られた溝に昆布が貯まるようになり、ウニが良質な昆布をたっぷり食べて育つ、ウニにとっての楽園のような場所のこと。 世界中を見渡しても、洋野町種市にしかない特別な環境。
2021年3月にできた弊社の工場は、『ラフロイグ(Laphroaig)』というスコッチ・ウイスキーの蒸留所をイメージしました。国際規格をすべて押さえており、いつでもどの国にも輸出できる体制が整っています。従業員のおばさま方、300人でウニをむく施設です。だから、ウニの町なんです。商品を売り出すことで地域と水産業の未来を作り、国内外に発信すること。これが弊社のミッションです。
ミシュラン星付きのレストランやお寿司屋さんなどから直接お取引をいただいており、豊洲の仲卸さんからの評判もいい。また、『うにバター』という商品は何度もマスコミから取り上げられているのですが、いまはアメリカやオーストラリアなどの海外からも引き合いがあります。つまり、日本でしっかり認められるということは、実は世界に近づくことにも繋がるということなんです。
「磯焼け」という課題に立ち向かう開発事業
創業して十数年が経ち、いろいろな地域へ行きました。いまのところ分かっていることは、水産業は本当に難しいステージに直面しているということです。担い手、資源管理、産地偽装、魚価低迷、魚食離れ、温暖化、DXなど。一つひとつの課題が大きすぎます。
今日はその中のひとつの具体例として「磯焼け」という課題をみなさんと共有しながら、それがどう観光と繋がるのか、というお話をしたいと思います。
「磯焼け」とは、海の中の海藻が枯れてしまうことをいいます。実は海の中って、ものすごい量の海藻が生えているのですが、これが約30年でほとんど無くなってしまっています。その理由は、海水温の上昇です。海の水温が上がるとウニが活発に動くようになり、海藻を食い尽くしてしまうのです。餌を食べられないウニは身入りが悪くなり、魚たちが卵を産んだり隠れたりする場所もなくなってしまう。
例えば、2021年に北海道の道東エリアで赤潮によってウニが大量死しました。最近では、ロシアとウクライナの戦争によって、ウニを含むロシア産の海産物の量も限られるようになってしまった。つまり、みなさんが食べるウニというのはかなり減ってきているんです。
ウニの旬は、4月から9月くらいまで。天然物が最も出回る時期は値段が安いのですが、10月から3月にかけての品薄の時期は、非常に高値で取引されています。この時期にウニを養殖して出荷できないか、と考え、北海道大学の門を叩いて餌の開発を始めました。それが7年前のこと。
国の経済産業省の事業を活用し、餌や身入りの悪いウニを収容しておくカゴ、そしてウニ養殖そのものの仕組みなどを開発してきました。この餌は日清丸紅さんという企業と作り、特許を取ることができました。開発したカゴについても特許取得済みです。全く身が入っていないウニをカゴに入れ、2ヶ月間給餌をする。すると身入りが良くなってきます。これまでは捨てるにもコストをかけていたものが、なんと約100倍の価値になったのです。
実は、オーストラリアでも同じように海の中が焼け、大きなウニが大量に増えてしまっています。なんと、オーストラリアには全世界の海藻のうち7割があり、そのうちの95%が消滅しているのだそうです。だから私たちは今後、タスマニアとメルボルン周辺でもこの事業を展開する予定になっています。
さらに、廃棄されているウニ殻を天然ゴムと混ぜて海の中に沈め、昆布の種を植えることで、藻場の再生にも取り組んでいます。昆布がたくさんあると、水産業って本当に豊かになるんです。これも同じように、オーストラリアへ展開していく事業となっています。
収益確保のキーワード「トレーサビリティ」と「ブルーカーボン」
私が最もやりたいことは、漁師さんたちの収入を増やすことです。そこでキーワードになるのが、「トレーサビリティ(Traceability)」という言葉です。野菜、果物、肉、魚などの商品があるけれど、「いつ・だれが・どこで取ったものか」が分からないものが、これほどたくさん売られている先進国は、日本くらいなんです。他の先進国では、基本的にこの「トレーサビリティ」を活用して追跡できるようになっているのです。
例えば、アワビが豊洲市場で流通しているが、約半分が密猟で獲られていたことが判明しました。2022年になってからようやくアワビに記号をつけて、「トレーサビリティ」を明確にした。正直、かなり遅れていますよね。
「ブルーカーボン(BLUE CARBON)」という言葉を知っていますか? これは「カーボンニュートラル」のひとつで、海藻が取り込む炭素のことです。わかりやすく説明すると、海藻がCO2の吸収源になるということです。陸に住むわたしたちは、CO2・二酸化炭素と聞くと、森林が吸収するようなイメージがあると思ってしまいますが、実は海藻はその1.5倍から2倍以上のCO2を吸収してわたしたちの酸素を作ってくれているのです。洋野町は、このブルーカーボンの認証エリアとして、日本最大級の「酸素を作る地域」であることが証明されています。
そして、このブルーカーボンによるCO2吸収の取り組みは、実はCO2クレジット(※)として販売することができます。例えば、建物やパソコンを作る会社、工業系の会社などは二酸化炭素を排出しますよね。それに対して私たちが海藻を生やして吸収し、酸素を作る。日本ではまもなく整備されると言われていますが、アメリカやヨーロッパではすでに取引が始まっています。水産物だけではなく、CO2クレジットも収益として生産面に還元していくことが可能になっているのです。
※編集注 「カーボン(CO2)クレジット」とは、二酸化炭素等の温室効果ガスの削減価値を権利化したもの。
地域を磨く仕事は観光事業に繋がる
私がやってきたことは、地域の資源を磨く仕事、地域の資源を国内外に発信する事業。実は、これらの事業は観光とシナジー効果があることが分かり、一般社団法人を作ることを決めました。いろいろなご縁をいただき、2つの大きな事業をやりました。
1つ目はオンライントリップ、2つ目は看板商品創出事業です。今回は、オンライントリップについて詳しく紹介します。ラーニング・ジャーニー(Learning journey)、つまり学びながら旅をするプログラムを行いました。水産のことを知りながら食べる。対価として私たちがお金をいただく取り組みで、JALさんとの協力で実現しました。
まずは、洋野町へオンライントリップ、つまり洋野町からオンラインでお客様と繋がり、羽田空港から青森県の三沢空港で降りて、三沢空港から洋野町まで行く。漁師さんも登場し、地域を紹介させていただきました。また、商品をお客様の自宅に送り、実際に食べてもらいながら旅をするという企画です。岩手県洋野町、人口14,000人ほどの小さな町ですが、「観光」と「学び」のコンテンツとして、しっかりと訴求できるポイントがあるということです。
これからの観光は、若者が作っていく
これまで「観光」というと、大型バスに40人くらいが乗り、途中で道の駅に降ろされて買い物をして、さっと飲食店で食べて帰ってもらう……みたいなイメージでした。でも、そうではないなと。これからの観光を作るのは、学生や若い人だと思っています。
ラーニング・ジャーニーの造成による持続可能な地域づくりでは、ターゲットは世界です。世界中の人たちに、ウニを食べに洋野町へ来てもらいたい。立地も悪い、インフラも整備されていない、英語表記もない。でも、問題はそこではないと思っています。明確な情報発信ができれば、確実に来てもらえると僕は思っています。そして、その発信をするのは、若い人です。Instagram、TikTok、あらゆるメディアを駆使できるのは、やはり若い世代です。だから、いまはとにかく若い彼ら・彼女らに来ていただくための努力をしているところです。
弊社の前にある、3階建ての商業施設。実はこれ、行政が8年前に建てた「負の遺産」です。全く人が来ない商業施設なのですが、行政側から「下苧坪さん、なんとかしてくれないか」とお願いされ、我々の一般社団法人でここを管理することが概ね決まりました。
先ほどのラーニング・ジャーニーで発信した皆さんがここに集まって学び、それから最高のウニ丼を食べる。そしてそのことをみんなでシェアして、地元に持ち帰ってもらう。「新しい観光」のあり方を、ここから発信していきたいと思っています。
弊社はこれまで、さまざまな企業や自治体、大学、金融機関などと連携をしながら取り組んできました。近々では、オーストラリアで会社を作ったり、一般社団法人を立ち上げたり、とにかく「岩手県洋野町」という地域を、「世界で最もウニで強い地域」にしていくための長い旅を、これからも続けていきたいなと思っています。
後編では、受講生も含めたパネルディスカッションの様子をお届けします。
登壇者
篠原 靖 跡見学園女子大学マネジメント学部 観光マネジメント学科准教授
内閣官房地域活性化伝道師として、全国各地で新しい観光プログラムの開発や人材育成セミナーを担当し、広域観光圏やDMO組織構築、インバウンド戦略、アフターコロナ後の新たな観光産業のビジネスモデルの構築等を手がけている。群馬県観光審議委員や省庁の委員、全国各地の観光関連委員等を多数歴任。
鳥塚 亮 えちごトキめき鉄道株式会社 社長
東京都出身。大韓航空を経てブリティッシュエアウエイズ(英国航空)勤務。成田空港で旅客運航業務に従事。2009年、49歳の時にいすみ鉄道公募社長に。ローカル鉄道を使った地方創生を実践。2019年、新潟県のえちごトキめき鉄道の社長に就任。地域と一体となった経営を実践している。
篠田 伸二 富山県氷見市副市長/元TBSプロデューサー
故郷は岐阜県郡上八幡。TBSテレビで30年。番組制作、イベントプロデュース、プロ野球ビジネスなどの傍ら、親を失くした子どもの教育支援ボランティア活動など。それが高じて映画製作&監督業を4年。2020年3月より富山県氷見市に移住。
下苧 坪之典 株式会社北三陸ファクトリー 代表取締役CEO
岩手県洋野町出身。大学卒業後、自動車ディーラー、大手生命保険会社を経て、生まれ故郷で2010年に水産ベンチャーを創業。Made in Japanのホンモノ食材を武器に国内外に展開中。”サステナブルな水産業を創造 する”をライフワークとする。エクストリーム・カンファレンス Industry Co-Creation(ICC)サミット KYOTO 2022 Session 8A 「CRAFTED CATAPULT 豊かなライフスタイルの実現に向けて」優勝。