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女性起業家と男子高校生が考える、女性の活躍と健康支援のこれから

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創業者創出ミーティング@太田高校

起業に興味を持つ高校生を対象に7月16日、県立太田高校で創業者創出ミーティング「社会を変えるを、仕事にする。特別ラボ」が開かれました。講師は自らのがん闘病と不妊治療の経験から、働く女性を取り巻く社会課題の解決を目指して起業した「ライフサカス」CEOの西部沙緒里さん。参加した13人の生徒たちは自己紹介シートやより良く変えたいモノ・コトを書いた「シフトシート」を元に西部さんと交流も深め、充実した90分間を過ごしていました。西部さんの講演と生徒たちから寄せられたQ&Aを採録します。

Contents

▼西部さん講演

なぜ働く女性の健康支援が必要なのか?
実体験で気づいた働く女性の生きづらさ
男性の心にも響く、切実な“命”の話
当事者と支援者間の深刻なギャップ
人生の難局を乗り切る「起死回生のデザイン」

▼Q&A

【西部さん講演】

なぜ働く女性の健康支援が必要なのか?

ライフサカスは女性を中心に働く人の健康支援を行う会社です。当社を象徴するシグネチャー・プロジェクトが「産む」「産まない」、そして「産めない」にまつわる経験とその先の人生をリアルに伝えるストーリーメディア「UMU」(ウム)の運営です。他にも企業での講演・研修、女性活躍のコンサルティング、企業や団体とコラボして経営ボードに参画するなど、女性の活躍と健康支援をライフワークに取り組んでいる会社です。

私は今日、女性の活躍と健康支援について主に話します。男子校にお邪魔していますが、女性の話です。かたや同時に、男性の皆さんの話でもあります。その明確な理由を二つ、冒頭にお示しします。まず一つ目。将来の「起業」を視野に、これからの社会を豊かで持続可能にしたいと考える人たちが今日、ここに集まってくださっているはずですよね? 皆さんがそうした未来を実現させるために、必要不可欠となる変化とは何でしょうか? いくつか挙げられると思いますが、筆頭に挙げられるのが、女性の活躍だと思います。

ここにあるのは世界の男女格差の度合いを測った国際調査です。残念ながら日本は、各国のランキングで最低レベルに近いくらい、ジェンダー平等が実現できていない国です。G7でも最下位をひた走っていて、これは主要先進国の中で一番「女性が活躍できていない国」である事実も示唆していると思います。だからこそ、裏を返せばそこが日本の伸びしろであり、希望、チャンスであるとも言えます。

女性の就業率が男性と同じレベルまで上がると、それだけで国家のGDPを約10倍押し上げるという試算や、役員に女性がいる企業の方がパフォーマンスが向上するという見解も出ています。理由はシンプルです。国の政治や経済の中枢がほぼ中高年の男性で構成される社会では、結局全国どの組織でも同じような人が、画一的に意思決定することになります。当然ながらそういった社会は異質・多様なものに対する対応力が低いので、変化に弱く、イノベーションが生まれにくい。この意味において、今の日本は、変化が加速している時代に不適切な社会構造になってしまっていますし、逆に言えば、そこに多様性の要素が加わることでの変革効果は大きいということなのです。

仮にこれが、高校生の皆さんが生まれる前、社会経済がどんどん右肩上がりになっていった高度経済成長期のことでしたら、この社会問題はそんなにテコ入れする必要はなかったかもしれません。しかし、現代は社会課題だらけ。クモの巣のように問題だらけの時代ですので、そんな時代の日本と未来の社会作りを考える際には、女性はもちろん、LGBTQなどジェンダー・マイノリティーを含む多様な性をバックグラウンドに持った方々が社会参画していることが、明らかに不可欠になっています。

この時に、抜きに語るわけにいかないのが今日の主題であり、私が人生をかけて取り組んでいくライフワークでもある、女性の体と健康のこと、です。少し乱暴な言い方かもしれませんが、働き盛りの女性は男性より倒れる確率が高い。これは客観的にも明らかな統計事実です。その根拠をひも解く上で、最も重要なキーワードがホルモンです。女性の体を知ることは、女性ホルモンを知ることでもあります。男性ホルモンは一生涯緩やかに変動しますが、かたや、多くの女性にはいわゆる月経(生理)があり、ホルモンの波はライフステージを通じて大きく山なりに変化すると同時に、月経、排卵、次の月経と非常に小刻みな変動が思春期以降、毎月繰り返されます。これは男性の体には起こらない女性特有の体の変化です。このホルモンの影響下で小さな不具合から大きな疾病まで様々なことが40年から50年の間に渡り、女性の体に起こり続けます。

もう一つ、別の角度からリアリティーのある数字をお話しします。働き盛りの世代に降りかかるインパクトのある疾病として、がんと不妊のデータを一例にとります。まず、働き盛り世代女性のがん罹患は10年で倍増しています。また、「不妊」—いわゆる、子どもを授かりたいのになかなか授かれない状態のことで、それを補助する医療を不妊治療や生殖補助医療と呼びますが、この不妊に悩む人の割合も最近までは7、8人に1人ほどだったのが、直近の発表では5.5人に1人が、子どもが欲しいのに授かれないという悩みに直面していると公的に試算されています。

当然働く男性も病気になりますが、キャリアステージの観点に照らすと、ここには明らかな違いがあります。男性の疾病疾患はがんや心筋梗塞、脳卒中など、比較的組織でマネジメント側のポジションが確立した50・60代以降に増え始めます。一般的に言えば、ご自身で時間の融通がつけやすいポジションにいらっしゃる人たちということですね。それに対して女性は統計上、この山の到来が明らかに男性より早い。働き盛りの30・40代から増え始め、かつ女性特有のものなど職場に相談しにくい場合が多く、仕事の質にも如実に影響してしまう性質の不調が多いことから、結果仕事を断念せざるを得ない状況に追い込まれるケースが多くなっています。

例えば、女性特有の健康課題を理由に「職場で何かをあきらめなくてはならないと感じた経験」のある女性は全体の43%にも上ります。「正社員をあきらめた」「希望の職種をあきらめた」「管理職・昇進をあきらめた」。本人が活躍したくても、体や心に悩みを抱えながら働いているので十分なパフォーマンスを発揮できないということが、水面下で繰り返されてしまっている現状が、このデータからも想像できます。

時代は、男女「平等」から男女「公正」を考えるフェーズに入ったといわれています。従来の平等とは、本人が努力では変えられないハンディやハードルがあったとしてもそれは公には考慮せず、みんなに同じ機会を提供しているから、はい、これでがんばってね。そういう社会です。それに対して公正とは、我々が目指すべき未来の社会スタンダードです。違いに配慮し、そこに生じるハンディやハードルには合理的に対処していきましょう。特定の誰かに下駄を履かせる、有利にさせるのではないという前提で、あくまで誰もがフェアに、同じ土俵でチャレンジできるためのサポートの形を考える。それがまさに公正な社会を作ることであり、私が起業して取り組んでいる女性の活躍と健康支援のお話なのです。

実体験で気づいた働く女性の生きづらさ

さて、そろそろ私自身の話に入っていきたいと思います。なぜ私がこのテーマ・領域に取り組んでいるのか? 実は私、そして当社は、働き盛りの30代で突如がんと不妊治療に直面した経験をもつ創業者が作ったベンチャー企業です。創業の物語は2014年の秋までさかのぼります。少し私個人の歴史をお話させてください。

私は前橋に生まれ、高校まで前橋で育ち、大学で上京しました。新卒で広告会社の博報堂に入社したのは2002年でした。忙しくてやりがいのある会社で、私も元気で健康で医者いらず。体力もありました。33歳で結婚しましたが、まだ深夜残業もできるし、働けるだけ働こうと思って仕事を詰め込んでいました。そんな矢先、36歳の時に左胸に「何かある」ことに気づいた私は、検査に行き、その場で乳がんの宣告を受けることとなります。私が当時37歳になったばかり、夫が29歳でした。当然ながら仕事もそこで強制終了。がん患者としての人生が突如として幕を開けました。

そこから通算1年の闘病生活を送りました。苦しい山を越え、さて、ようやく社会に戻れると希望を持ち始めた矢先、今度は医者からこう告げられます。私の年齢や病歴を総合的に判断すると、「あなたが子どもを産める確率は10%以下ですね」と。今思えば、ドクターは病み上がりの私を心配して、「今は子どものことより自分の体のことを考えなさい」という意味合いで、少し強めにブレーキをかけるための発言だったと思うんですね。でも、30代でがんになっただけでも青天の霹靂(へきれき)だった私に、その言葉はあまりにも酷でした。一時期はもう人生終わった、とまで思い詰めました。

あきらめきれなかった私は、ドクターと相談し、期間限定の不妊治療をさせてもらうことを決めます。しかし、いざ治療が始まるとさまざまな壁が立ちはだかり、四重苦に直面することになります。それは、通院・治療の負荷がとても高いのに対し、いつ授かれるかの保証がなく、ゴールが見えない治療。「実は不妊治療中で…」とは言いにくく、相談すらできない孤独。そして、何が正しいのかわからない、山ほどのネットの情報。最後に、ほぼ全額自費診療なので、数十万円単位があっという間に飛んでいく高額治療費の負担。そもそもがんの闘病でさんざん会社を休ませてもらっていますから、その上、不妊治療を始めたとはとても会社に言えませんでした。事実を隠したまま突入した仕事と治療の日々は、本当に孤独で過酷でした。

ここで一つ、皆さんに情報を補足しておきたいのですが、不妊の原因因子は女性だけでなく、男性にもほぼ半数近くあると、医学的にはいわれています。ところが、実質的な不妊治療の対象となるとフィジカルな意味で子宮・卵巣などの女性器を持っている側が中心で、現代医学では今のところ女性になります。ですので、物理的な通院や治療の負荷はどうしても8割方女性側にかかり、関連して、治療と仕事を両立しようとした働く女性の約16%が仕事をあきらめ、退職したというデータもあります。

そんな頃、周りの働く友人たちにこっそり「私、こんな状況にあってね…」と、ちらちら話し始めました。すると、軽く20人くらい、びっくりするくらいたくさんの友人たちが「実は私も…」と、自らの不妊治療経験を語り始めてくれたのです。そこで初めて、治療に孤軍奮闘する当事者へのサポートがいかに希薄かという現実を、痛感することになります。この時がいわば、人生のターニングポイントでした。それまで一度も、1%も、起業なんて考えたことがなかった私ですが、辛い経験を共有してくれた仲間たちのためにも、働く女性が抱える生きづらさを解消することに残りの人生を注ごうと、この時初めて決意します。

私は退職を決め、同じような原体験を持つ仲間たちと会社を立ち上げました。友人たちを始め、当事者や経験者が聞かせてくれた真実のストーリーを集めた場所は「UMU」というウェブメディアになりました。そして1年後、家族に奇跡的に第1子が誕生し、去年8月に第二子が誕生しました。コロナもあって0歳の赤ちゃんと一緒に高崎へ念願のUターンも果たしました。以上のような6年に渡る物語を背負って、私は今も活動を続けています。今のところ、がんは再発しておらず、元気です。

男性の心にも響く、切実な“命”の話

これだけ科学技術が発達した現代においても、いまだに私たちは、子どもは時がくれば授かるもの、多くの人がまだまだそんな前提でいます。しかし、現実にはこの国のカップルの5.5組に1組が実際に産めない苦しみにもがいています。

そして、産む、産まないにまつわる「世間の普通」にはまらない形や在り方が、日々社会に生まれ続けています。当社のウェブメディア「UMU」は、命を生み出すプロセスに葛藤した人、あるいは葛藤している人の肉声を伝える、日本でおそらく唯一の専門メディアになっています。不妊や流産、死産、血のつながらない家族、生後100日の子を看取った夫婦、妊活をするトランスジェンダー夫婦、LGBTの夫婦、養子縁組、そして、子どもを持たないという選択。これまで社会からある種秘められ、隠され、腫れもののように扱われてきた体験を、ほぼ全員が実名顔出しでご自身の言葉で晴れ晴れと語る。そうした場所を、私たちは作りました。

ウェブメディア「UMU」

UMUのストーリーには本当にたくさんの反響をいただいています。当事者や経験者だけでなく、皆さんと同じ若い男性からのメッセージもいくつもいただいています。「救われた」「勇気をもらった」と言っていただくことも多いのですが、ご自身が産む性ではない男性たちにも響くメディアになっているのなら、その共通項とは何でしょうか? そう考えた時に結局、生殖のこと、産む、産まないにまつわることは当事者であろうとなかろうと、誰も無関係な人はいません。言い換えればそれは、「命の話」そのものだからなのではないかなと、ある時ふと気づいたんですね。だから、皆さんがUMUで生き生きと命のことを語る姿に、男性も女性も少なからず何かを感じてくれているのではと思います。

このような生殖や健康問題など、従来の社会ではタブー視されがちだった出来事のパラダイムを塗り替えたい。例えどんな経験が人生に降ってきても、この人生で良かったと心から思える人を増やしたい。それが私たちの活動目的です。

現在、活動には3つのチャネルがあります。

・メディアを通して、多様な個人が生殖のストーリーを社会と共有する。
・企業や行政、学校などで女性の活躍や健康、仕事と治療の両立などをテーマに働く人や学生さんと対話をする。
・ポッドキャスト番組を通じて、体や心のリアルについて発信や対話をする。

今後は、本来共通言語であるはずのこのテーマの集合知をより広げていきたい。具体的なアプローチとして例えば、大手企業に伴走し、女性の活躍と健康や妊活に関する新規事業や相互支援コミュニティのソリューションなどを開発しています。世界のカップルとも意見交換できたらいいなと思い、UMUの英語版も1年前に小さくリリースしたところです。

当事者と支援者間の深刻なギャップ

続いて、当社が女性支援の領域にとどまらず、作りたい社会、未来について、多様性社会(ダイバーシティ&インクルージョン)という観点からも少しお伝えします。私は働き盛りでがんと不妊に直面し、生きづらく、働きづらかった自身の経験から、当事者支援事業を立ち上げました。数年経った今、見えている社会を表してみたのが、こちらの図になります。当社が考える、社会が取り組むべきダイバーシティ推進の全体像です。

ダイバーシティ推進の重要性は言うまでもないですよね。SDGsでもど真ん中のテーマですから、きっと高校生の皆さんの耳にも届いていると思います。これからの多様性社会のど真ん中を生きるのが、まさに今日ここにいる皆さんです。

従来のダイバーシティと言えば中心の小さな円。性別や国籍、障害の有無など比較的目に見えやすい属性で語られることがほとんどでした。もちろん、そういった観点からの公正な配慮や支援は、これからも大変重要です。一方、ここから取り残され、見過ごされがちだったダイバーシティが周辺の大きい赤い円です。例えば、不妊や病気、うつ、LGBTQ、介護やご家族の病気、などなど。表向きには見えにくく、本人も語りたがらないのですが、抱えてしまう生きづらさ、働きづらさは大変深刻。こうしたイシューが無限にあることは、今日ここまで私の話を聞いてくださった皆さんには、おそらくご想像いただけると思います。

そして、この周辺の大きな赤い円に書かれた一つひとつが、私が今日お話した社会課題を含むサイレント・ダイバーシティ(沈黙のダイバーシティ)なのです。社会に真の多様性を実現するため、すべてのサイレント・ダイバーシティを支援すべき理由は、国、会社、個人、それぞれのレベルで明確にあります。がんばりたいのにがんばれない、生きづらさや働きづらさを抱えている人たちがいるのですから、彼ら/彼女らに向けた対策が組まれることは国、会社、個人のいずれにとっても良いことで、本来理にかなっています。

にもかかわらず、現実には極めて支援が進みにくいのが今の日本社会です。要は、こうしたサイレント・ダイバーシティとして存在するイシューは、自己責任とのグレーゾーンの悩みと言われてきたものが多く、相談しづらい。相談できなければ、問題の存在が見えず、誰も気づけません。気づかれなければ、対処ができない。本人は相談しても誰も助けてくれないのなら、いっそのこと黙っていた方が楽と考え、孤独に闘い続ける悪循環が生まれてしまいます。こうした負のスパイラルループが生まれ続けているのが、今日の日本社会です。

ここで、職場のマネジャー層と当事者本人との間では、どんな理解のギャップがあるかを示す象徴的なデータをお見せします。一例に、職場で一番困った健康問題はどんなことかを聞いた調査です。働く女性たち本人は、「私、月経(生理)のトラブルで困ってます」という答えが1位でしたが、管理職側は、彼女たちの健康問題にかかわることで一番支援や対処に困ったことは何か、という問いに「メンタルヘルス」と答えています。女性は圧倒的に月経で困っているのに対し、管理職側はいや、そうではなく、メンタルヘルスのことだと言っていて、明らかに両者にはズレがあります。それもそのはず、この問題は本人がどんなに困っていようと支援側からは見えない。つまり、月経は先ほどのサイレントの問題の最たるものだからなんですね。

ここから浮き彫りになるのがサイレント・ダイバーシティ支援の難しさです。当事者と支援者が、「根本的に見えている世界が違う」という前提から議論を始めなければいけない。そのためにも、一にも二にも大切なことは、当事者と社会や組織の支援者が、お互いもっと正しくわかり合うことだと、私は思っています。

そして、このようなギャップは女性や健康のことに限りません。今日は私が氷山の一角を示しただけで、社会のあらゆるところでこうした構造的な不均衡が起こり続けているのが今の社会だということを、ご想像いただきたいと思います。性別年代に関わらず、声を上げられず、生きづらさに直面しながら内にこもってしまっている人たちが本当にたくさんいます。

こういった人たちが気軽に相談でき、経験を語ることができる場を生み出すことで、当事者だけが孤立してしまう社会の負の構造を変えていけないか、そう思っています。当事者が孤立し、挑戦や夢をあきらめなければならない社会。これが今なのだとすれば、私たちは本当にそういう社会を変えたい。当事者が何もあきらめなくて良い社会、そんな社会の見届け人になりたいと願っています。

どんな悩みや葛藤も一人きりでは乗り越えられません。それにもかかわらず、渦中の当事者は相談することさえできないのです。相談できず、出口も見えず、本当に孤独です。その一部始終を身を持って知る我々サバイバー事業者の使命は、当事者と職場や医療をつなぎ、時に伴走者、時に翻訳者となって当事者に寄り添いながら、理解者であふれる会社、そして、社会を作るお手伝いをしていくことだと思っています。

人生の難局を乗り切る「起死回生のデザイン」

最後に、我々が皆さんと共に作っていきたい未来の話をもう少しだけお伝えします。とてもパーソナルな思いでもあります。私が病と不妊に苦しんだ当時、私は人生を一度詰んだんですね。本当に終わったと。そういう体験を経て、私は、誰もがヘルスケアの正しい知識を持てる社会を作りたいと心底思いました。そして何より、想定外の出来事に直面しても、コケたらはい、終わり、ではなく、どんな局面にも納得をして、どう生きるかを選びとれる、そして、生き直せる社会を作りたいなと思いました。

私は医者でも医療の専門家でもありません。一般人です。だけど30代で死にかけ、かつ、お母さんになることをあきらめかけた一人なんですね。そして企業勤務を経て起業した一人です。そうした立場から、これから未来を歩む人たちが体や心について正しく知ることを助け、もし困難に直面しても立ち上がって生きる、そういった力を育むことを助けることであれば、私にもきっとできることがある、そう思いました。それが私が選んだ起業の道であり、人生です。

そのことをちょっとだけカッコ良く言い換えて、「起死回生のデザイン」と名付けたいと思います。誰しも生きていればいろんなことがあります。問題の渦中にいる時は「いやマジ無理、もう終わったわ」って世界の終わりのような気持ちになることもあります。でも、私の例のように、最悪な出来事だといわれていることは、180度転じて人生のターニングポイントになる可能性もある。これももう一つの真実であると、今は胸を張って言えます。

そういう社会を皆さんと一緒にデザインしていきたい。社名の「ライフサカス(LIFE CIRCUS)」に込めたのは、腫れものに触れるように扱われてきた暗い話題を、明るく彩り豊かなサーカスのように変えていこう、そして、私たちは人生をあきらめなくて良いし、何度でも花を咲かせることができる、という2つの意味で、ダブルミーニングになっています。一人ひとりがそう信じられる社会とより所をこの日本に生み出し続けていくことが、私たちのようなサバイバー起業家の存在意義だと思っています。

長い人生、旅が続きます。正直、起業って苦しいことばかりです(笑)。皆さんも高校を卒業して大学に進学する方も、働きに出られる方もいらっしゃると思いますが、楽しいことばかりではないです。時代的にも不確実性が高まり、変動が大きくなってきていますから、皆さんは、想定外の局面に突き当たるシチュエーションがどんどん増える未来を生きていくことになります。平穏無事に生きていくことが人生ではありません。想定外の何かが起こっても、対処して乗り越え、次の局面を切り拓き、変化をし続けるのが人生です。その変化を楽しみながら生きていってくれたらいいなと思いますが、どうしても変化を楽しめない、キツいなと思った時、頭の片隅に今日の話を思い起こしてくれたら本望です。

今後、起業される方もされない方もいらっしゃると思いますが、これから最前線の社会で活躍していく皆さんであることに間違いはありません。いつの日か再会できることを私は信じていますので、その時に今日の話ができたら良いですし、皆さんと何らかのプロジェクトでご一緒できる未来を期待しながら、今日の話を終えたいと思います。

【Q&A】

以下は講演後、参加した生徒たちから出た質問と西部さんの回答です。

Q太田高生:西部さんの会社はどこかに場所を借りて何人かで集まって、対面で会話してデスクワークをしているのですか? 僕にとって起業はそういうイメージなのですが。それともコンピューターをリモートでつないで、情報や資料を共有してやっているのですか?

A西部さん:うちは完全後者ですね。今のチームはほぼ東京在住で、私一人だけ群馬なんですよ。仲間とのやりとりは、ほぼ100%オンラインです。おっしゃられたようにデスクワークをして、スタッフをその場でマネジメントしたりすることが好きな方はその方が良いと思いますが、私は場所にあまりこだわりがないので、そうしていません。あと、企業規模にもよるかもしれませんね。私たちくらいの小規模のベンチャーですと、完全リモートでオフィスを持たないスタイルをとる会社も増えてきています。

Q太田高生:「あなたが子どもを産める可能性は10%以下です」と聞いた時、「人生終わった、と思った」というお話が途中ありましたが、どういうふうに立ち直ったのでしょうか。誰か助けてくれる人がいたのか、あるいは、負けない気持ちがあってそこからはい上がってきたのか、ちょっと気になっていました。

A西部さん:良い質問ですね。一回、とことん落ちました。あらゆる情報をシャットアウトして、とりあえずずっと寝ていましたね(笑)。でも、人って不思議なもので、自身の経験上も、落ちるところまで落ちるともう上がるしかないと思うんです。だから、底を経験した感じですね。

Q太田高生:女性がもっと活躍することで世の中が変わるというお話でしたが、僕たち男性が女性を平等に見るためにどういう考え方を持つべきでしょうか?

A西部さん:そうですね。まだまだどの業界も、どのセクターも、メインは男性たちで構成されている社会ですから、そこに女性が入っていった時に軋轢(あつれき)が起きやすいといわれています。人って物事を変えたくない生きものなんですよね。慣れている仕組みで、慣れている人と、慣れている方法でやりたい。だから、女性が入ってきて、これまでにない方法が提案されたり、女性だけしか気づかない視点が持ち込まれたりすると、一瞬従来のシステムと相容れないもののように見えてしまう。でも、男女がお互いを拒絶し合い、反発し合っていては、多様性社会はいつになっても実現できません。これからを担う男性にお願いしたいのは、女性が新しいことを提案した時、一回受け入れてみてほしいということですね。受け止めて、何が起こるか一度見てもらう。そういう我慢というか、待つ姿勢を実践してもらえたら、多分すごく良い社会ができるのではないでしょうか?

Q太田高生:ちょっと無粋かもしれませんけど、西部さんの会社はどこから収入を得ているのですか?

A西部さん:とても良い質問ですね。いわゆるソーシャルなテーマで起業すると、お金を儲けるモデルが描きにくいのは事実です。すごく儲けようと思ったら正直、社会起業は向かない(笑)。ただ皆さんの世代には全く別の、新しいマネタイズモデルが出来上がっているかもしれず、今後社会の潮目が変わっていく可能性はあります。私の会社を例にとると、研修・講演活動に加え、コンサルティングやアドバイザリーなど企業の伴走支援のような領域で、私や私の仲間が知恵を出す対価としてお金をいただくモデルが一つ柱になっています。

Q太田高生:ベンチャー企業はなんらかの技術力を持った企業というイメージを持っていたのですが、技術力以外に必要なことはありますか?

A西部さん:技術を持っているのがベンチャー企業、という理解はもちろん正しいのですが、必ずしも創業者本人が技術を持っていなくても良いと私は考えています。むしろ、なぜその人がそのテーマをやる必要があるのか、それがその人自身にとってどんな意味があるのか。私のように社会課題に取り組むのであれば、その課題をどうすることで社会がどう良くなるのかを語れる人材である必要があると思います。技術はもちろん大事ですが、技術以上にそのバックボーンみたいなものがないと、会社は中身がなくなってしまうと思うんですね。なぜそれをやる意味があるのか、それを語れることが、まずベーシックスキルとして必要なのでは、と思います。

(ライター:岩井光子、撮影:REBEL BOOKS 荻原貴男)

登壇者

西部 沙緒里 株式会社ライフサカス CEO

前橋女子高、早稲田大学卒。博報堂を経て2016年創業。「働く人の健康と生きる力を応援する」をミッションに、働き盛りの人が抱える生きづらさ・働きづらさを社会全体で支える環境づくりを進める。研修・講演事業、コンサルティング・アドバイザリー事業、Webメディア・オンラインコミュニティ事業の3領域で、全国の企業・行政・学校などとさまざまな協業や伴走支援を行う。 NPO女性医療ネットワーク理事、(独)中小企業基盤整備機構・中小企業アドバイザー。2020年東京からUターンし、新たに(一社)かぞくのあしたを設立。高崎市在住。