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全国群馬県人図鑑-グンマーズ-vol.6 大塚友広さん×工藤詩織さん【前編】

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全国群馬県人図鑑(-グンマーズ-)は、さまざまな分野で活躍する県ゆかり・県外在住の先輩方をペアでお招きし、お二人の母校の現役高校生も交え、学生時代の思い出や故郷への熱い思いを聞き出していくトークセッション。

第6回のゲストは好きなゴルフについて執筆した本がベストセラーになり、今ではパターの開発にまで乗り出した株式会社イノベーション バイスプレジデントの大塚友広さん(富岡高校OB)と、豆腐好きが高じて豆腐マイスターの資格を取得。豆腐の魅力や楽しみ方を伝える活動を生業にしてしまった工藤詩織さん(前橋女子高校OG)。

二人が後輩たちに伝授した“好き”を仕事にする秘訣とは? トークのダイジェト版を前編・中編・後編に分けてご紹介します。

富岡高校OBが初登場!

MC西部沙緒里(以降、西部) 今日のテーマはだいぶ尖(とが)っていますよ。ゴルフと豆腐が好きすぎて突き抜けちゃった二人のグンマーズ対談ということで、群馬でなくても気になる、ここでしか聞けない対談ではないかなと思います。まずは富岡高校OBで都内在住の大塚友広さん、よろしくお願いします。

大塚友広さん(以降、大塚) はい、よろしくお願いします。富岡製糸場が世界遺産に登録になる時は市の観光マネージャーを拝命していまして、ずっと富岡にいました。それから10年くらい経つのかなぁ。

今日は高校生の皆さんに何か刺激のあるお話ができたらと思っているのと、母校の生徒会長(後述する出演者の横田さん)も来てくれたということは、ついに富岡高校が私を認めてくれた証だと受け取りましたので、今後も母校と交流していけたらと思っております。

西部 大塚さん、高校時代、そんなにやんちゃだったんですか?(笑) 続きましては工藤詩織さん、よろしくお願いします。前橋女子高校OGで同じく、都内在住です。

白いシャツを着ている女性

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工藤詩織さん(以降、工藤) 皆さんこんばんはー! 私は前橋市出身で、大学で上京したのをきっかけに東京に住んでいますが、群馬にはかなり頻繁に帰っている方だと思います。つい先日の三連休(※)も実は帰っていて、実家のある前橋と富岡の祖母の家をはしごしておりました。群馬愛はまだしっかり残っておりますので、今日は楽しくお話しできたらと思っております。よろしくお願いいたします。

※このセッションの配信日は2月27日。

西部  さて、この企画は若者と大人をつなぐことをひとつコンセプトにしておりまして、ゲストの出身高校の方々にもおいでいただいています。まず富岡高校の横田想さん、2年生です。よろしくお願いします。

横田想さん(以降、横田) よろしくお願いします。小中高とずっと富岡です。大塚さんは中高の先輩なので楽しみです。

西部  続きまして、富岡高校1年生の加庭慶悟さんです。

黒いシャツを着た少年

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加庭慶悟さん(以降、加庭) 自分は高校から富岡です。兄も富岡高校に行っていて、祖母の家も甘楽にあるので、生徒会長(横田さん)ほど富岡に浸ってはいないのですが、よろしくお願いします。

西部  最後は前橋女子高校1年生の久保帆乃璃さんです。

白いシャツを着た少年

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久保帆乃璃さん(以降、久保) 私は伊勢崎出身で、前橋に関しては新人なので、今回前橋女子高校OGの方のお話をとても楽しみにしています。

西部  加庭さんは文化祭実行委員会に関わっているのですか?

加庭  自分は文化祭関連で副委員長やらせてもらっています。

西部  なるほど〜。横田さんと久保さんが生徒会役員で、加庭さんは文化祭実行委員をされているということですね。精力的に学校活動にも関わっているお三方にお越しいただいています。

遊び中心の高校生活から一変

西部  では、早速ゲスト自己紹介に移りたいと思います。大塚さんからお願いします。写真がインパクトありますね〜(笑)。

グラフィカル ユーザー インターフェイス

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大塚  ものすごく主張しているように見えますけど(笑)、これは去年「オーシャンズ」というファッション誌で取材を受けた時に撮っていただいたものです。私は今、東証グロース上場企業の株式会社イノベーションでバイスプレジデントをやっていて、ゴルフの方では一般社団法人アジアジュニアゴルフ協会の理事もやらせていただいています。

2001年に富岡高校を卒業したので入学したのは98年ですかね。大学ではマーケティングを専攻していました。高校時代は遊び中心の生活を送っていて、大学に入って勉強に目覚めました。横田さんとか加庭さんのようにこういう場でしっかりしたことが話せるような学生では全然なかったです。

今は違うでしょうが、僕がいた当時の富岡西中は荒れていて、問題の多い中学だったんですよ。でも、だからこそ今でもすごく仲良くて、同窓会をやると人がたくさん集まります。当時は富岡西中出身と名乗るだけで『ああ、あの』みたいな話になるくらい。だから正直なかなか高校になじめなかったというか、西中の仲間とずっとつるんで遊んでいました。

そんな僕も大学でマーケティングに出会ってから勉強に目覚めたというか、変わりました。株式会社イノベーションに新卒で入って、入社した頃は朝早くから夜まで体を壊すくらい働いていました。企業間取引を支援する企業で当時はすごく小さかったのですが、今は上場企業になっています。そして、実はここが今、私が10何年ぶりに戻った会社なんですね。

初めて起業したのは24歳の時。どうしてもやってみたくてドッグフードをインターネット販売するビジネスを始めたのですが2年後に売却しました。売却、といっても事業としては大失敗だったんですが、この時の失敗は今も活きています。

グラフィカル ユーザー インターフェイス

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2012年には富岡製糸場世界遺産プロジェクトの観光マネージャーに着任しました。ふるさとが世界遺産になるのはたった一度のチャンスだと思ったので、そこで仕事ができたらいいなと思って受けたら受かりました。この職が私の性分に合っていたこともあると思うんですが、この頃から一気にいろんな流れが良くなっていった気がします。

そして、世界遺産プロジェクトが終わると、また東京に戻って会社を作りました。企業や大学、商店街のブランディング(※)をしたり、白衣ブランドも立ち上げました。今思うと、よくこんな勝負したなと思うんですけど、生地から全部自社でやろうと決めて、ロールで3千メートル分の生地を仕入れるなんてこともやりました。

※ブランディング 他と差別化できるブランドを作り、ファンを増やして新たな価値を生み出すこと。

2017年にはなぜかゴルフ書籍を出すことになったんですが、1冊目が8万部売れて、続編も含めて15万部くらい売れました。ゴルフは世界遺産プロジェクトの観光マネージャーに着任した頃に始めたんですけど、好きなことの延長で本まで出せて、雑誌でもいろんな企画で使ってもらいました。

グラフィカル ユーザー インターフェイス, テキスト

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会社を経営していると、いろんなところからお声がかかるようになりました。私が24歳で起業した頃は、外部から資金を調達すると言えば、銀行から借りるのが基本だったんですけど、2010年代後半からは新しい価値を生み出すためにも、外部からどんどんお金を入れてきましょうみたいな風潮が出てきて、スタートアップが資金調達できる社会になったんですね。私もプランを作り、5.4億円の資金調達をしてバズったこともありましたし、メンタルヘルステックの企業も20億円という巨額の資金調達をした会社でして、その分開発にも力を入れました。

2021年にはまたご縁があって、私が新卒で入ったイノベーションという会社に戻りまして、グループ会社の代表をしてから本体の執行役員になり、現在に至る、という感じです。

2023年には、10年くらい前からずっと作りたいと思っていたゴルフのパター開発を始めました。今、富岡の工場を含め、県内のいろんな工場と話をしながら少しずつ進めております。まぁ、現状は趣味の延長なんですけど、そんな活動も始めているというまでが私のちょっとした年表です。

10歳の時に気づいた豆腐愛

西部  大塚さん、ありがとうございます。では、工藤詩織さん、よろしくお願いします。

白いシャツを着ている女性

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工藤  はーい。最初に説明させていただくと、今、豆腐マイスターは日本に4000人ほどいて、豆腐マイスターは一般社団法人豆腐マイスター協会が発行する民間の資格なんですけど、何かのプロフェッショナルというよりはもうお豆腐好きだったら誰でも取れる資格です。

西部  え? そうなんですか?

工藤  すごく難しい資格を持っているとか、何かを極めているとか、そういう話ではないことは最初にお伝えしておきます(笑)。豆腐マイスターを仕事にしている人が少ないので、たまたま自分がいろいろさせていただけるようになりました。

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例えばどんなことをやっているかというと、親子向けやご高齢の方向けの料理教室などお豆腐の魅力を伝える食育活動を中心に、各地で知り合ったお豆腐屋さんを一堂に集めて催事を企画したり、一般の方にもっとお豆腐を楽しく食べてもらうためにレストランでお豆腐をフルコースで出すイベントを考えたり、お豆腐にまつわる活動は何でも引き受けて10年くらいやってきました。

メディアにも出演していますが、私自身としては日々お豆腐を広めたり、伝えたり、学びを深めるというところを主軸において活動しています。

テキスト

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今の私はもしかしたら溌剌(はつらつ)として見えるかもしれませんが、この6歳の時の自画像を見ていただくとわかるように、小さい頃は引っ込み思案で本当にシャイな子でした。自分が人前に出て話す日が来るなんて、この時は想像もできなかったくらい人前に出ることが苦手でした。

食の好き嫌いも本当に多かったんですけど、なぜかお豆腐は好きでした。きっかけは父親がメタボリックシンドロームを気にし始めた時、食前に豆乳を飲むと太りづらくなるみたいなことをテレビで見て、近所のお豆腐屋さんから毎朝豆乳を買ってくるようになったんです。その結果、朝私が起きて冷蔵庫を開けると豆乳や豆腐、おからがある生活が始まり、10歳の時に「私、お豆腐大好きだな」と気づきました。

ただ高校に入るまでは、学校に女子特有のカーストが結構あって、わりと同調しないといけない雰囲気がありました。だからクラスの誰にもお豆腐が好きだと打ち明けられず、本当にひっそりとした趣味で、愛で始めたのがこの頃です。お友だちが遊びに来た時にお豆腐を出しても誰も喜ばないことはわかっていたので、あんまりこの個性は出さないようにしていました。

私を変えたのは高校時代だと思うんですけど、前女ってわりとみんな自由に過ごしているし、お互いを干渉しない。自立している子もすごく多いですし、同調しなくていい人間関係に恵まれました。お昼時間の最後にデザートタイムみたいなのがあったんですけど、みんながプリンを食べている時、私だけお豆腐を食べていても全然嫌がられない。

それでおからをお弁当で持っていったりするようになったんですけど、みんな全然それで引いたりしない。すごく個性を尊重してくれる校風のおかげで、お豆腐や大豆が好きだと人に言えるようになったのが高校時代です。

新聞の記事のスクリーンショット

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大学は立教大学の異文化コミュニケーション学部に進学しました。海外に行ってみたいという夢があったので、留学ができる学校を選んで、まずアイルランドへ行きました。その後マレーシアにも行くんですけど、いろんな国に行くようになって日本語教師という職業に興味を持ち始めました。海外の方や国内の留学生に日本語を教える仕事ですね。

引き続き趣味でお豆腐屋さんにも行っていましたが、将来海外で生活するとなるとお豆腐が食べられなくなることに気づき、自分で手作りできるスキルを身につけようとして、たまたま見つけた資格が豆腐マイスターでした。

当時の合格者はまだ100人ほどで、私がたまたま最年少でその資格をとったことからお豆腐関連の仕事が舞い込むようになりました。最初はテレビ番組でスーパーのおいしい豆腐を紹介する10分ほどのコーナーに出て、そこからだんだん「豆腐作り教室をやってくれないか」「豆腐について話してくれないか」とお話をいただくようになりました。そうしたら学業が全く手につかなくなってしまいました。

結局、大学院に進んだものの1年で退学することになり、本当に宙ぶらりんになったのですが、幸い豆腐マイスターの資格を認定している豆腐マイスター協会からお声かけいただいて、そのまま協会に就職しました。毎週のようにどこかで教室を開いて、豆腐マイスターの資格をとってもらうお仕事をやっていました。私の働き詰めピークは多分ここです。がむしゃらに働いて体調を崩して、人生を見つめ直す時間が必要だと思って3年後、25歳で退職しました。

次は一転して農業の世界に入ります。半分農業をやりながら半分自分のやりたいことをやる半農半Xの暮らし方ができたらいいなぁと知人のつてで知り合った山梨の農園と一緒に大豆を育てながら、ワークライフバランスを模索するためにちょっとだけ農業の世界にも足を踏み入れました。

男性の写真のコラージュ

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一時は農業にどっぷり浸かりそうにもなったんですけど、やっぱり私はまちのお豆腐屋さんを世の中に残したい、増やしたいという気持ちが強かったので、再び東京に軸足を戻しました。「往来」というのが自分の活動の屋号なんですけど、あちこちのお豆腐屋さんを取材する活動を始めて、記事を書いたり、テレビでお話してお金をいただいたり、自分でできることを少しずつ始めたのが2018年、28歳の頃でした。

幸い2020年に本を出すことができて、この活動が実を結びました。本があると信頼度が増すのか仕事の質も変わってきて、最近では飲食店さんと一緒にイベントを企画したり、メニュー開発をしたり、取材もいまだにやっています。

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最近新しく始めたのは、大塚さんとも「すごく親和性があるねぇ」と打ち合わせの時に話していたのが、お豆腐のためのスプーンの開発なんです。コーヒーが好きな人もお酒が好きな人も、スポーツをする方もみんな道具にこだわると思うんですけど、お豆腐を食べる時にこだわりをアピールできる道具ってないじゃないですか。そこでお豆腐を口に入れる時の口触りにこだわったスプーンを作れたらいいなと思って今、新潟県のカトラリーの産地、燕市で豆腐スプーンを開発しています。

今年1月から展示会を回り始めたばかりで、まだ一般販売は始まっていないのですが、「絹と溜(たまり)」というブランド名でお豆腐用のスプーンと、おしょう油を入れる薬味のお皿も一緒に開発しています。ちょっとまとめられなくて長くなりましたが、自己紹介は以上です。

(中編は2人の高校時代の話を深掘りしていきます!)

ライター・岩井光子

登壇者

大塚 友広 (株)イノベーション バイスプレジデント

富岡市出身。2012年、富岡製糸場世界遺産プロジェクトの民間公募で観光トップに就任。「観光不毛の地を観光の地に」をテーマに様々な仕組みを構築。2017年、(株)Marketing-Robotics 取締役COO就任。法人営業コンサル事業で5億円の資金調達、年間成長率300%を達成。2019年(株)ラフール執行役員を経て、2021年Innovation X Solutions 代表取締役に就任。現在は(株)イノベーションにて、バイスプレジデントを務める。ベストセラーゴルファーとして独自理論をまとめた『ゴルフはインパクトの前後30センチ!』シリーズは、ゴルフ本で異例の15万部突破。

工藤 詩織 豆腐マイスター

前橋市出身。豆腐マイスター。幼少より豆中心の食生活を送る無類の豆腐好き。大学で異文化コミュニケーションを学び、当初は日本語教師をめざしていたが、その過程で「食文化としての豆腐」の奥深さに目覚める。同時に、年間約500 軒のペースで豆腐製造事業者がなくなっている現実に衝撃を受け、大学院を自主退学。「往来」を屋号に、国内外で各種イベント企画・プロデュース・取材・執筆等、豆腐の魅力を広める活動に取り組む。テレビ、ラジオ、雑誌、など多方面で活躍。燕市の職人と共に豆腐用カトラリーブランド「絹と溜」を運営。著書に『まいにち豆腐レシピ』(池田書店)。

西部 沙緒里 株式会社ライフサカス CEO

前橋女子高、早稲田大学卒。博報堂を経て2016年創業。「働く人の健康と生きる力を応援する」をミッションに、働き盛りの人が抱える生きづらさ・働きづらさを社会全体で支える環境づくりを進める。研修・講演事業、コンサルティング・アドバイザリー事業、Webメディア・オンラインコミュニティ事業の3領域で、全国の企業・行政・学校などとさまざまな協業や伴走支援を行う。 NPO女性医療ネットワーク理事、(独)中小企業基盤整備機構・中小企業アドバイザー。2020年東京からUターンし、新たに(一社)かぞくのあしたを設立。高崎市在住。

横田 想 富岡高校2年

加庭 慶悟 富岡高校1年

久保 帆乃璃 前橋女子高校1年