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【いのちのフォーラム1限目】命の大切さについて考えよう

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助産師が教えるいのちの授業

急速な少子化の進行や核家族化、共働き家庭の増加など、出産や子育てを取り巻く社会状況はめまぐるしく変化しており、子育てに不安や孤立感を感じる母親は少なくありません。そこで看護師・助産師の資格を持ち、母親支援に取り組むNPO法人「きびる」(所在地:群馬県高崎市)の代表である野口和恵さんをナビゲーターに迎え、命の誕生から私たちの一生を考える『いのちのフォーラム』を開催。3回シリーズで「いのち」「はぐくむ」「いきる」をテーマに妊娠・出産・育児について学び、子育てと自分らしい生き方の両立について考えていきます。
誰もが安心して子どもを産み健やかに育むことができる社会の実現のために、女性だけでなく男性や若い世代も一緒に考えていきましょう。

Contents
▼野口さんプロフィール
▼「助産師が教えるいのちの授業」@グローバルスクール Spectrum
命のはじまりは奇跡的
命の音を聞いてみよう
命は“はだか”なんだ
▼まとめ・受講者の感想

NPO法人『きびる』代表・野口和恵さんのプロフィール

看護師・助産師として大学病院や総合病院に勤務し、生と死の現場で命について考え続けてきた野口さん。結婚を機に群馬県に移り住み、2人目の出産を機に退職。看護師や助産師が地域で活躍できる場をつくろうと、2016年に訪問看護ステーション「クローバー」を設立しました。
乳幼児の訪問看護に力を入れ、2020年には重症心身障害児のための通所施設「クローバービーンズ」を開設。地域で働く中で、野口さんは妊娠・出産・子育てを取り巻く多くの課題に直面しました。

「障害児のお母さんの中には自分を責め、ケアなどの負担を一身に背負って疲弊してしまう人が少なくありません。経済的に困窮したり、家庭内暴力に苦しむ人もいます。不妊に悩む人がいる一方で、10代で予期せず妊娠し戸惑う人もいます。妊娠したことを誰にも告げられず、家族も気づかないまま臨月に入ってはじめて受診した子や、トイレで出産した子もいました。薄れゆく意識の中で、何としてでも隠さなければならないと思ったのでしょう。赤ちゃんの上にはトイレットペーパーがたくさん重ねておいてあったそうです。家族が気づいて受診した時には赤ちゃんは亡くなっていました。」

こうした課題や困難を抱える人たちの声を聞こうと、行政や公的機関には相談窓口が設けられています。

子育て・女性健康支援センター(群馬県助産師会)
 子育て中・思春期の悩み
 TEL:027-289-4339(月・水・金 13:00~16:00)
ぐんま妊娠SOS
 思いがけない妊娠や子育て、こころや体の悩み
 TEL:027-289-4323(月・水・金・土 18:00~21:00、火・木 13:00~16:00)
 LINE・メール・面談による相談も可能


しかし多くの人は、自ら行政にSOSを出すことをためらいがちだと野口さんは言います。

「学校の先生でもなく、お医者さんでもなく、親でもなく、『助産師』である私だからこそ聞ける声があり、差し伸べられる手がある」

2021年にNPO法人『きびる』を設立。女性に寄り添い、母子が健やかに暮らしていくための支援や情報発信に取り組んでいます。若者にも届くようにとTikTok(ショートムービーアプリ)を使って、妊娠出産育児に対する情報を発信。220万回以上再生されたコンテンツもあり、フォロワーは約1万人に上ります。今後は産後ケアにも力を入れていく方針です。

『いのちのフォーラム』では、看護師・助産師として、子育て中の母親として、経営者として、野口さんの多角的な視点と経験を生かした講義を行っていただきます。

助産師が教えるいのちの授業

『いのちのフォーラム』1限目のテーマは『いのち』です。

「命は神秘的な側面だけではなく、必死で泥臭く、生々しいもの。命は誕生があれば終わりもあり、生まれる前に消えてしまう命があるのも現実です。色々な命を見てきた私だからこそ伝えられることがあるはず」

小学生に命の大切さについて考えてもらおうと、2021年7月9日に「グローバルスクール Spectrum」(高崎市)で開催された「いのちの授業」をのぞいてみましょう。

命のはじまりは奇跡的

「赤ちゃんが生まれる場所や時間、環境はみんな違うけれど、一つだけ絶対に同じものがあります。それは何でしょう?」

こんな野口さんの問いかけで『いのちの授業』はスタートします。
みんなが平等に持っているもの、それは『命』。子どもたちは『命』について思いを巡らせながら、野口さんの話に耳を傾けます。

「男性の精子と女性の卵子が出会って受精することから命は始まります。1回の射精で約1億〜3億個の精子が放出されますが、卵子のもとにたどり着ける精子は、その内の300〜500個のみ。さらに卵子と受精できるのはたった1つです。精子は我先にと卵子の中に入り込もうとしますが、1個の精子が卵子に入ると、他の精子は入り込めないようになるのです。これは海の中で一円玉を探すのと同じくらい奇跡的なことなんですよ」

「えー!」「すごい!」と子どもたちは驚いた様子です。

赤ちゃんはお母さんのお腹の中で10ヶ月間、大事に育てられ、いよいよ出産の時を迎えます。野口さんは、イメージしやすいように実物大の赤ちゃんの人形を使い、出産の様子を説明してくれました。

「赤ちゃんはとっても頭が良いの。お母さんを傷つけないように、顎を引いて膝をお腹に近づけ、できるだけ小さくなって生まれてきます。親が勝手に生むのではなく、赤ちゃんもきちんと意思を持って生まれてくるんですよ」

命の音を聞いてみよう

続いて野口さんが見せてくれたのは、妊娠9週目のエコー動画です。

「これは、お母さんのお腹の中にいる赤ちゃんです。9週目でまだ小さいけれど、ちゃんと心臓が動いているのが分かるかな?赤ちゃんの鼓動は1分間に約150回ととっても早いの。みんなも心臓の音を聞いてみましょう」

聴診器を自分や友達の胸に当て、「聞こえる、聞こえる」、「トクトクなってる」と心音に耳を傾ける子どもたち。命の音を肌で感じることができる貴重な体験です。

心臓の音は生きている証。普段はあまり意識することがない「生きていることの尊さ」について考えて欲しいと、野口さんは自身の死生観を変えた経験談を話してくれました。

「私は以前、看護師として集中治療室で働いていました。ちょっとでもミスをすると亡くなってしまう、重い病気の人が入院するところ。そこで亡くなっていく人たちを見ていて、死と向き合うことが辛くなってしまったんです。助産師になれば赤ちゃんがたくさん生まれてくるところで働けて、毎日が楽しくなるかな。そう思って助産師の資格を取りました。ところが、助産師として初めて立ち会ったお産は死産でした。生まれてきた赤ちゃんは、2回大きく息をしてそのまま亡くなってしまったの。今みんなが元気でいることは、すごく当たり前のようだけど、当たり前じゃない。大事な大事な命なんですよ」

命は“はだか”なんだ

厚生労働省の調査によると2020年の全国の自殺者は2万919人。新型コロナウイルス感染症による死亡者数(3,459人)を大きく上回っています。小中高生の自殺は過去最多の479人にのぼり、若者の自殺の増加も大きな問題となっています。

*厚生労働省「令和2年人口動態統計月報年計」を元に作成
*厚生労働省「令和3年度版自殺対策白書」第1-7表 令和元年における死因順位別に見た年齢階級・性別死亡数・死亡率・構成割合より引用し抜粋

「新型コロナウイルスでたくさんの人が亡くなっているというニュースをよく耳にするでしょう。でも、自分の命を自分で終わらせてしまう人はもっと多いの。」

野口さんは、子どもたちに次の3つを心に留めておいて欲しいと言葉に力を込めます。

「自分の命も、自分以外の命も大切にしてほしい」
「命には限りがある」
「命は“はだか”なんだ」

『命は“はだか”』とはどういうことでしょうか。

「私は助産師として赤ちゃんが生まれるところをたくさん見てきたけれど、みんな平等に生まれてきます。赤ちゃんは服を着て生まれてこないよね?みんなはだかんぼで生まれてくるでしょ?大きくなるにつれて、あの人の方が『勉強ができる』、『仕事ができる』といった「付加価値」をつけたがるけれど、命の価値に順番はありません。あるがままの姿を受け止めてください」

野口さんが2020年に立ち上げた多機能型通所支援事業所『クローバービーンズ』には、心身に重い障害を持った子どもたちが通っています。最後に、野口さんは『クローバービーンズ』に通う子どもたちの日常を切り取ったビデオを見せてくれました。

「みんなと同じように勉強したりお口からご飯を食べたりするのが難しいお友達もいるけれど、毎日笑顔で暮らしています。みんなの命は奇跡的だということ、病気や障害があっても命に付加価値はないことを覚えていてください」

まとめ・受講者の感想

野口さんは小学生やその保護者を対象に同様の講座を県内各所で行なっています。受講者から寄せられた感想を紹介します。

・はじめていのちの音を聞いた気がした。いい音だと思った。(小学生)
・死のうと思った時が多かったけど、生きる意味が見つかってよかった。(小学生)
・心臓の音は「ゴクゴク」なってびっくりした。(小学生)
・子どもが生まれた時を思い出して涙が出た。無事に生まれてくれればいいと思っていたのに、いつの間にか成績が悪いとか、勉強をしなさいとかそんなことばかり言っている自分に気が付き反省した。(保護者)
・エコーで聞く心音が懐かしく、心地よかった。(保護者)
・いのちの授業を聞いて子どもがなぜか優しくなった。お手伝いも進んでやってくれる。こどもなりに響いていると思った。(保護者)

「命の始まりを知ることで自分が大切な存在であることを認識し、すべての命が平等であることを知ってほしい」

野口さんのメッセージは、大人にとっても命を育むことの責任と喜びを再認識するきっかけになるでしょう。

「いのちのフォーラム」2限目では命を育むための準備として、これから妊娠・出産・育児を迎える人に向けて仕事を両立させるための心構えや、両立支援制度を紹介。共働き家庭や専業主婦家庭など、育児パターン別に見た育児休暇取得のタイミングやメリットについてレクチャーしていただきます。

(ライター:林道子)